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 学園祭が間近に迫ったある日。朱音は自室にある机に向かいながら、ある手紙を書き下ろしていた。そして、書き終えた一枚の便箋と共に、五枚のチケットを一緒に同封し封をした。父と母に宛てたその短い手紙には、こう綴られている。


『 父さんと母さんへ

手紙を書くのも随分と遅くなってごめんなさい。最近色々と忙しくて、書く暇もなかったから。勇真とばあちゃんは元気にしている?
まぁ、勇真は心配ないと思うけど。くれぐれも体調だけは崩さないようにと伝えておいて、もちろん父さんと母さんも。
あぁ、それと、急で悪いけど来週の日曜に学園祭があるんだ。管理職についているばあちゃんは来れないと思うけど、一応家族分のチケットを入れておくよ。
もし暇があれば来て欲しいかな。こっちで出来た友達の紹介もしたいし。雅美も初の学園祭のせいか、凄く気合が入っているよ。もちろん私も。
それじゃあ、久しぶりに家族に会えるのを楽しみにしているよ。

 朱音より 』


 同封した手紙をしばし見つめていた朱音は、はにかむ様に笑うと、椅子にかけてあったブレザーを手に取る。少し窓に目を向ければ、風邪で靡くカーテンの隙間から、いそいそと駆けていく生徒たちが見えた。いつまでも休憩している場合じゃないなぁ、とマイペースに考えながら朱音は手にしていた白のブレザーを羽織る。すると、こ気味良い乾いたノックの音が部屋に響いた。そして、催促する声に急かされて、手紙を片手に朱音は慌てたように部屋を後にしたのだった。


「遅れてきた分せっせと働きなさいよね」
「はぁはぁ、それにしてはっ……きつ過ぎやしませんかねぇ……アリア、さん?」

 畳まれた数枚のテーブルクロス小脇に抱えるアリアと、重量のありそうな木材を背に運ぶ朱音。文化祭の準備で賑わった廊下を、軽い足取りで廊下を歩くアリアの後ろを、朱音は荒い呼吸を繰り返しながら木材を必死に持ち上げ、フラフラと足を進ませる。

「はぁはぁうるさいわね。木材相手に興奮してんじゃないわよ」
「してねーよ!!」

 ふと立ち止まったかと思うと、アリアはチラリと後ろを振り向き呆れたように呟く。そんなアリアの嫌味に、ガァと伏せていた顔を上げ噛み付くように吼える朱音。

「それだけ元気ならまだまだ運べるわね」
「えっ!!ちょっ!!ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 そう言ってニヤリと笑ってまた歩き始めるアリアの後ろを、朱音は半べそを掻きながら危なっかしい足取りで付いていくのであった。


「ただいまー重かったわぁ」

 教室に帰ってきたアリアは、テーブルクロスを適当なところに置くと、疲れをほぐすように肩をまわしながら呟く。そしてその横には、はーッはーッと乱れた息遣いをしながら、床に倒れている朱音の姿が。

「お帰りなさい大変だったでしょ、あの木材かなり重たいから」

 近くに居たクラスメートが立てかけられた木材を見ながら、苦笑いを零しそう言った。

「アレくらい楽勝よ楽勝」

 快活に笑うアリアは、胸を張ってそう言うと、周りに居たクラスメート達は囁くように関心の意を示していた。アリアの人気上昇中。

(あれ? あの木材朱音さんが運んできた筈だけど……あれ?)

 その様子を飾り付けをしながら見ていたミリアは、不意に褒めちぎられている姉の横で今にも灰になって消えてしまいそうな朱音が心配になる。しかし、反対に脚立を支えている雅美は心底おかしそうにそれを見て笑っていた。


「ほら、アンタいつまで寝ているつもりよ」

 起きなさいよといわんばかりに、つま先で朱音を小突くと、ガシャンと重たい箱のようなものを頭の横に置く。のっそりと身を起こす朱音の前には、金属で出来た工具箱。訝しげに見つめてアリアに問いかければ、「工具箱よ。見て分かりなさいよ」といつもの如く嫌味を言われた。

「こんなもんどうしろって言うんだよ……」

 ぶつくさと文句を言いながら、工具箱を片手にぶら下げると、指定された係りの役割に徹しているアリアの後姿を睨む。しかし、当の本人は手に持った本を見ながら、周りにいるクラスメートたちに指示をあおっていた。どこか拍子抜けした様子でボリボリと頭を掻きながら、朱音は今朝配られた役割分担の紙をポケットから引っ張り出す。紙をじっくり見る暇もなく、重労働に駆り出されたため、自分の分担場所がどこなのかも分からない。見知ったクラスメートの名前が、ズラリと手書きで並べられている中を目で追っていくものの、自身の名前は一向に出てくることはない。

「あれ? これ私の名前ねぇじゃん」

 再度確認しても鬼宮朱音なんて名前はどこにもない。そんな事に些細な苛立ちを感じながら、何の気なしに白紙であるはずの裏面を捲る。そこには、探していた鬼宮朱音の名前が殴り書きされている。雑用係として……

「……私は大人だぜ。こんな事で怒りはしないんだぜ」

 顔を引きつらせながら、工具箱を持ち直すと、朱音は軽くクラスを見渡した。正直、雑用係なんて何をすればいいのかも分からない。困ったように頬をかく朱音に、不意に声がかけられた。

「あっ君」

 声のしたほうを見てみれば、脚立を支えている雅美が人差し指で教室の一角を指している。妙にざわざわと騒がしいその一角足を向けてみれば、数人クラスメートたちが金槌を片手に困り果てた表情で奇怪なオブジェを見つめていた。

(喫茶店にこんなもん飾れるのか?)

 そんな彼女達の輪に加わった朱音も、その所々から木材が生えるペイントされた奇妙で不気味な物体に思わず唖然としてしまう。自分のクラスの出し物は喫茶店の筈なのだが、お化け屋敷に変わったのだろうか。

(何かささくれ見たいに釘が出てるし……)

 触ったら危なそうだなぁ、なんて人事みたいに考えながら、朱音は何とか苦笑いを浮かべると、近くに居たクラスメート問いかけた。

「あー……コレ何?」

「一体どうしたら、看板がこんなになるんだか……」

 コンコンと金槌で釘を打ちなおしながら、朱音は溜息混じりに呟く。彼女たち曰く、金槌を持ったことがなかったらしい。それは納得するにして、昨年までの学園祭をどう乗り切ったのかが不思議だ。看板というのは、お客の一番初めに目に入ってくるものである。それがあそこまで奇怪で危険なものでは、入る客も入らなくなる。

「鬼宮さん、何か手伝うことはありますか?」

 看板係りの生徒が何名か一人で看板を作っていた朱音の下へと来ると、申し訳なさそうに尋ねてきた。その申し出は嬉しいのだが、また彼女達に金槌を持たせたらどうなるかと考えると、何となく危険な予感がしたのでどうしたものかと考える朱音。

「えーと、こっちは一人でも大丈夫だから。そうだな……皆で看板のデザインを考えといてくれる?」

 頑張れば看板が完成するのにもそう時間は掛からないだろう。その間に、彼女たちには他の作業を進めてもらうほうが効率がいいと踏んだのか、朱音は聞きに来たクラスメートの顔それぞれに視線を向けてそう言う。
 
クラスメートの顔色には、若干戸惑いの色が浮かんでいたが、潔く了承して作業に取り組んでくれた。それからの作業のスピードは快調にとんとん拍子で進んでいき、無事看板は完成した。その後雑用係の朱音は、適当に忙しい係りを見つけては手伝いをしてまわり、気づいた時には昼をまわっていた。

 丁度お腹も空腹を訴えていることだし、隣で資料を見ては溜息を吐いているロザリィに昼食の提案を持ちかけることにした。

「なぁ、ロザリィ。もう昼も回っているし、そろそろ休憩にしたほうがいいんじゃないか?」

 さり気なくそう言う朱音の言葉に、ロザリィは資料から顔を上げると、教室に設置されている時計に目をやった。短い針が十二時をまわっている事に少し驚きながら、資料を机の上に手放す。

「すいません気付きませんでした。仕事が手一杯だったもので……」

 苦笑いを浮かべて朱音に視線を移すと、ロザリィは席を立つ。クラス全体を見渡すように視線を泳がすと、一呼吸置いてから聞こえる程度の声でクラス全体に指示をする。

「皆さん、そろそろ休憩を取りたいと思います。各自昼食を済ませて下さい……休憩を取るのが遅くなってしまったので、作業開始は二時からでおねがいします」

 そのロザリィの言葉に、クラスメートたちからそれぞれの返事が返ってくる。皆作業を一時中断し、適当にクラス内を片付けると、その足で食堂へと向かっていった。ちらほらと教室内に残る生徒がいる中、普段行動を共にしているメンバーが足踏みを揃えて朱音とロザリィの所へと訪れる。

「お疲れ様。進みは順調?」
「まあまあね。この調子で行けば、十分間に合いそうよ」

 笑みを浮かべながら、言葉を投げかけるロザリィに、少し疲れたような顔をしたアリアは満足そうに笑う。

「飾りの方も順調って言えば順調だけど、布地と綿が足りないかも……あと、揉め事がちょっと」

 装飾担当内の班長である雅美のところでは問題が発生したらしく、困ったように眉を顰めて呟いた。「揉め事?」と訝しげに言葉を復唱するロザリィに、リセリアが一際大きな溜息を漏らしつつ、ミリアが困ったように笑いながら事の経緯を話した。


「全くあの子達は……」

 話を聞いていたアリアは、呆れたようにそう呟く。

「内装のアレンジでもめるなんて」

 笑いを堪えるように、手で口元隠すロザリィ。

 正直そこまで笑える話ではなく、かなりの言い合いだったらしい。最初は落ち着いて話し合いをしていたはずが、知らず知らずのうちにヒートアップ。終には魔術をも行使する勢いだったらしく、その場にいたリセリアがナイフをチラつかせ場を収めたと言うか武力で鎮圧した。道理でうるさい時間帯があったわけだ。

「困っちゃうわよ……ほんとに。あっ君、今度何かあったら助けてね」
「腹減った」

 うんざりとした表情のまま、雅美はお手上げといった感じにそう言うが、話を振られた朱音は肝心の話を聞いていなかったらしく、欲望を忠実に表していた。

「ちゃんと聞いて……たぁ!?」
「いひゃ! いぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」

雅美は額に青筋を浮かべながら、朱音のふ抜けた顔を掴むと、両頬これでもかと引っ張った。多分これ以上力を加えようものなら、引き千切れると言わんばかりに。相変わらず空気の読めない主人公であった。


「あぁ、悪いんだけどさ、事務室寄っていっていいかな?」

 食堂に向かう途中、朱音は思い出したように雅美たちに尋ねる。出来ればまた忘れないうちに出しておきたい。

「何?呼び出し?」

 雅美は嫌味な笑顔を浮かべなら聞いてきた。「そんなんじゃねーよ」と雅美を軽く睨みながら返す朱音に、ロザリィは不思議そうに聞き返した。

「どうかなさったんですか?」
「ん、大した用事じゃないよ。ただこれを出しておきたくて」

 ポケットに入っている白い封筒を取り出すと、朱音は彼女達に見せるようにヒラヒラと手元を動かした。

「退学届け?」
「そうそう、退学届け……って違う!!!」

 サラリと失礼極まりない事を言うアリア。危うくブラックジョークに乗ってしまう寸前で、アリアに激昂する朱音。

「何よ、たんなる冗談じゃない……チッ、退学届けじゃねぇのかよ」
「お前今聞き捨てならない事口走らなかったか」

 勝ち誇った笑みを浮かべたと思うと、後半は悔しそうな顔をするアリアに、何となくだが怒りを感じる朱音。

「まあまあ、落ち着いてあっ君。それより誰に宛てた手紙なの?」

 そんな二人の間に入り、雅美は慣れた様に朱音を宥めると、手紙を指しながら尋ねる。朱音の性格から言って手紙を書くこと自体珍しい。

「家族にだよ。学園祭の事もあるし、チケットを送るついでに……そう言えば、お前はもう連絡したのか?」
「一応ね。二人とも来れないみたいだけど」

なんとなしに尋ねる朱音に、雅美は至って落ち込んだ様子もなくそう応えた。そんな雅美の態度に、聞くのは不味かったかなと後悔する朱音。そんな心情が顔に出ていたのか、雅美がチラリと見た隣を歩く朱音の顔は、心なしか困ったように見えてついつい笑ってしまう。

「週に一度は連絡してるのよ。寂しくなんかないわよ。過保護で困ってるくらい……まぁ、あっ君のお父さんには負けるけどね」

 意地悪く笑いながら、朱音に視線を向ける雅美。何となくだが雅美が言いたいことがわかる朱音は、違った意味で気まずそうに視線を逸らすことしか出来ない。チケット一枚抜いておこうかな、と不意に思う朱音であった。

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1986/10/31
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