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「だから、さっき言っただろ。当主が習うのは必然だって。まぁ、まだ次期だけどな」
「あんた……馬鹿なのに、勤まるの?」
「もう少し別の驚き方があるだろがぁ!!!!!!」
シリアスな雰囲気がぶち壊したのは、いつも通りの毒舌を吐き出したアリアだった。朱音が次期当主だろうが何だろうが、彼女にとっては全く関係ないようだ。その言葉に、また和やかな雰囲気が彼女たちを支配する。ロザリィは二人を見ながら相変わらずの苦笑いを浮かべ、雅美は雅美で優雅に紅茶を飲みながら二人の言い合いをつまみにし、ミリアは変わらずオロオロしている。レイリスは何が楽しいのか、笑みを深くするばかりだ。
「全く、失礼なやつだ」
顔を顰め、アリアを睨む朱音。
「何よ。本当のことを言っただけじゃない」
更に怪訝そうに睨み付けるアリア。
「あっ朱音さんならきっと頑張れますよ!」
そして、賺さずフォローに入るミリア。健気でいい子である。
「それにしても、女の方が御当主になるところは珍しいですね」
そんな両者が睨み合いを続ける中、のほほんとした様子で間に入るレイリス。何となく彼女の空間だけは周りと隔絶されているように思えるほど、独特なオーラを放っている彼女。
「確かに、今の時代には珍しいパターンですね」
ふむ、と頬に手を添えながら答えるロザリィ。
「でもまぁ、あっ君は卒業と同時に男の子になるから。今の時代のパターンとあんまり変わらないよね」
「へぇ、あんたもそうなんだ」
雅美の言葉に、瞬時に納得する一同。あぁ、確かそんな魔術があったわねというような顔をしている。そして、対象とされている人物が朱音であるから余計に納得してしまう。これが、ミリアやレイリスといったような子達なら、皆は一斉に驚愕の色を浮かべていただろう。
「あんたもって、お前もなるのか?」
「失礼ね。私は、女としての人生を謳歌するわよ。私の友達に、この学院を卒業したら男になるって言う子がいるだけ」
「私だけじゃないって事か……」
アリアの発言に、朱音は若干の驚きを覚えたものの、アリアからの返答は至って他人事だった。しかし、自分以外にもそう言う子がいるという事実に、何となく安心感というものが心を満たす朱音。自分で望んだ道を進むわけではないのだから、朱音とて不安は拭いきれないのである。
「……失礼かもしれませんが、それは朱音様の意思なのですか?」
「……っ!!」
そんな朱音の顔を見つめていたレイリスが、先程とは違った雰囲気を放ちながら、はっきりとした口調で尋ねる。その質問に、朱音はギクリとした様子で固まってしまう。一瞬、心を覗かれているのではないかという不安にさえ駆られたぐらいだ。何もかも見透かしたような瞳で、朱音のことを見るレイリスには些細な嘘すら通用しないのではないかという気持ちになり、ついつい言いよどんでしまったが、朱音は参ったなというような感じで口を開く。まぁ、自分がここで嘘をついても、レイリスは気付いていない振りをして、深く追求してくることはないのだろうなとも、なんとなく感じた朱音であったが、だからこそ、心のうちを見せても構わないだろうという気になったようだった。
「あー……。まぁ、正直言えば、自分が決めた事じゃないけど、家の為ならしょうがないかなとも思うし。元々私はこんなんだから、変わってもそれ程苦労しないかなぁとも思うしね」
苦笑いを浮かべて言葉を紡ぐ朱音に、一瞬だが哀れんだような瞳を見せるレイリスだったが、「そうですか、つまらないことをお聞きしてすいませんでした」と元の笑顔に戻りながら呟いた。レイリスのその言葉に、朱音は気にしてないよと笑いながら答える。その様子を黙って見ていた雅美は、朱音に差して憤慨した様子も不快気な様子も見られないことに安心する。
「で、もう一つ気になってる事があるんだけどさぁ、あんたがこの学院に来た理由ってなんなの?中途編入なんて、少なくとも私たちがこの学院に通ってる間はあんた達だけだし、何か相当な理由があるんでしょ。前の学校に居れなくなったとかさ~、特にあんた」
ビシッと人差し指で朱音のことを指しながら、最後のほうはどこかにやけながら言うアリア。絶対に変な理由を想像していると感じる朱音。
「別に対した理由なんてないよ」
「私はあっ君が来るって聞いて、一緒に来ただけよ。あっ君の周りにはいつも不幸が漂ってるから、いつ見ていても飽きないし」
(その漂ってる不幸の殆どは、お前が原因だがな……)
「嘘をついたって無駄よ。何か言えない理由があるんでしょ?前に居た学校でなにかやらかしたとかさ」
サラリと流すようにそういう朱音であったが、隣の幼馴染兼従姉は、サラリと聞き捨てならない事を言っているではないか。う゛~、と唸りながら隣にいる雅美をきつく睨みながら視線を移す朱音であったが、雅美は涼しげに今日何杯目かの紅茶を啜っている。しかし、アリアがその言葉だけで納得するわけもなく、更にニヤつきながら質問を繰り返す。若干先程より、その笑みに黒さが増しているのは気のせいか。
頼みの綱のロザリィも、いつものように宥める素振りすら見せずに、お洒落なポットをティーカップに傾けながら、ハーブティーを注ぎ込んでいる。どうやら、今回は助け舟は期待できないようだ。紅茶を注ぎ終わったロザリィが、自分のほうを見てニコニコしながら言葉の続きを待っているのだから、期待など出来るはずはない。ミリアはミリアで、口は挟まないものの耳はしっかりと傾けているようだった。レイリスは変わらず微笑み続けている。
「だから、言ってるだろ。ここに来たのも、単に魔術や格闘術を学んで、よ……」
そこまで言って、朱音は慌てて言葉を飲み込んだ。もう少しで、雅美にも言っていない事を自分の口から呆気なく漏らしてしまうところだったのだから。しかし、朱音の不自然さを見逃すほど、彼女たちは甘くない。
「よ?よってなによ?」
「もしかして、私も知らないこと?だったら気になるなぁ」
「え……、あっいや、その」
朱音が、しまったと己の軽率さに涙した時にはもう遅く。黒い笑いを浮かべた雅美とアリアが、テーブルから身を乗り出しながらズズイッと朱音に近づいていた。焦りと後悔の念で押しつぶされる寸前の朱音は、餌を食べる鯉の如く口をパクパクさせながら、声にならない言葉を漏らす。
「幼馴染で従姉の私に隠し事なんて、寂しいなぁ」
(いやいや、お前に全て曝け出していたら、私の人生はメチャクチャだから!!)
「親友まではいかないにしても、友達だと思ってたのになぁ」
(嘘付け!!日頃のお前の態度と言動を考えれば絶対にありえない事だ!!)
猫なで声の割にはどす黒い雰囲気の雅美と、どう見ても口実としか思えない台詞を吐くアリア。その二人に威圧されながら、椅子ごと逃げるように後ろへと後退する朱音。しかし、逃げようとする朱音の背後に、先程まで居なかった筈の影が現れる。
「もしかして、お嫁さんを見つけにきたのかしらぁ?❤」
突然真横から現れた人物は、椅子ごと朱音を抱きしめるようにピッタリと背後にまとわり付き、恍惚とした表情と太い声でそう呟いた。
その正体は!!!
「うぎゃぁああああああああ!!!エリザベェェエエエエエト――――――!!!!!」
先程まで、奇声を上げながら、愛のエプロンを装着し厨房で中華鍋を振るっていた筈のエリザベートだった。背後からの声に驚き、振り向こうとした朱音の目の前には、ドアップの料理長の顔が広がっている。それはもう、ほんの少し唇を突き出せば触れてしまうという程の凶悪な距離だった。朱音は恐怖に引きつり絶叫し、その途端にバランスを崩した椅子はガタガタと慌しい音を立てながら、座っていた朱音と共に盛大に倒れた。
「あらぁ、だとしたら困っちゃうわ……でも、私貴方となら……❤」
「~~~~~!!」
ウットリと朱音が座っていた場所に佇み、頬を赤くして身をくねらしながら朱音の方をチラチラと窺いみるエリザベート。それとは逆に、半泣きで尻餅をつきながら顔が青ざめている朱音。
「二人の愛は永遠よ!!!」
「ヒィィイイイ!!!!」
弾かれたようにガバッと両腕を広げ、前振りの台詞と噛み合っていない事を口走りながら、朱音を逃がすまいと手を伸ばすエリザベート。その行動に、朱音は自分に迫り来る危険をその場で理解し、恐怖で上手く動かない身体に鞭打って、脱兎の如く駆け出す……
が、焦りと恐怖に邪魔をして、あろう事かいつの間にか傍に佇んでいた何者かに抱きついてしまう。
「……あ」
「……」
気づいた時にはもう遅く、朱音は自分をエリザベートと共に挟むように立つ女生徒の腰にすがり付くようにしてくっついていた。初めは、自分が抱きついているものがんなのか理解できない朱音であったが、自然とその正体を探るべく視線を上げていく。そして、自分を見下ろす冷めた瞳の彼女と目が合った。
その途端、元々青かった朱音の顔色が全ての血を絞りつくされたように変色したかと思うと、ガクガクと震えだす。朱音の視線の先には、訝しげに自分の事を見つめ腕組をするリセリアの姿。その顔色はとても機嫌の良い様には見えず、益々不快気に染められていくのが分かった。確かに意味もなく抱きつかれると言うのは、誰しも快く思うことではないし、それで攻められても朱音に反論は出来ない。しかしだ、相手が相手なのでシャレにならない。
「すすすすすすすいませんだしたぁ!!!」
狼狽を隠せない様子で慌ててリセリアから離れ、朱音は有無も言わさぬ勢いで土下座する。この後に、顔を上げた朱音に張り手が食らわされるか、それとも無数の剣が自分に向いているか、どちらとしてもただでは済まないのだと確信にも似た予感が頭を占める。それが後者ならば、痛いだけでは済まない。ダラダラと脂汗を噴出しながら、朱音は赤の絨毯と睨み合っていた。しかし、一向にリセリアからの言葉もなければ痛みもない。恐る恐る顔を上げてみれば、呆れ気味にこちらを見下しているリセリアと目があった。
「話があるのだけど、少し時間を貰える?」
フゥと軽く溜息をつきながら、周りを窺うように視線を巡らすと、リセリアは落ち着いた様子で口を開く。その言葉は、棘がないわけではないのだが、いつもとは違ったソフトな雰囲気が口調から伝わってくる。
「えっ……あぁ……」
どこかしらでそれを感じ取った朱音は、一瞬呆けたように呟くと訳も分からぬまま、大して考えもせず了承すると、ノロノロとその場から立ち上がる。
「そう、なら……一緒にサロンに来てもらえるかしら?」
辺りを少し見渡しながら、リセリアはそう呟く。大した用事でないならば、ここで話したとしても差して困ることはないのだが、何か重要なことなのだろうかと疑問に感じる朱音。しかし、断る理由もなく、むしろ朱音のほうが色々と聞きたいことがある。
「もしかして、私たちに聞かれたら都合が悪いことなの?」
しかし、朱音が構わないと口に出そうとした時、テーブルを囲んでいた中から、その言葉は挑戦的に言い放たれた。
その言葉を誰が言ったかなんてことは、声は勿論のこと態度を見れば一目瞭然だった。カツンと、少し冷めた紅茶が入ったカップを軽く弾いた雅美は、反抗的な目線をリセリアに向けていたのだから。そしてその場の出来事に一番焦りを隠せないのは、勿論話題の中心にいる朱音なわけで。ロザリィ達はというと、ただ目を丸くするばかりであった。その中で一人だけ、レイリスだけは目の前に起きている出来事を興味深そうに見ていたのだが。
「別に……ただ貴方たちには関係ないから、話す必要がないと判断しただけよ」
「ふうん、じゃあ別に、私たちが聞いてもいいって事よね」
リセリアは変わらない口調で、雅美と絡ませる視線は先程よりも鋭く冷たいものに。雅美は、顔こそ笑っているものの目は笑っておらず、お互いの間では見えない火花を散らしている。
「……口出ししないのならば、好きにすればいいわ」
「それは約束できないわ」
話は聞くけどね、と付け足す雅美。これでは、交渉ではなくただの我侭である。そんな雅美の姿を見て、ここへ来てから二度目の溜息を漏らすリセリア。
(お節介な人柄どまりだと思っていたけど……これじゃあ……)
「過保護ね」
ボソリとリセリアが呟いたその言葉は、誰に届く事もなく、皆一同に疑問符を浮かべていた。しかし、そんな皆の様子も気にも留めず、リセリアは踵を返しながら話を進める。
「……好きにしなさい。話を聞きたければ来ればいいし、興味がないのならお茶を啜るなり自室に戻るなりすればいい。料理長」
「はいはい、分かったわぁ。七人分のハーブティーを早急にサロンにお持ちするから待ってなさい❤」
料理長は見透かしたようにそう言いながら、若いっていいわね何て年寄り臭いことを呟きながら、厨房へと消えて行った。リセリアはと言うと、料理長の七人分という言葉を聞いて、結局は予想通りだったなと思いながら、誰をも待たずサロンへと歩いていった。勿論、その後について、六人が慌てて付いていったのは言うまでもなかった。
えーと、現在私こと鬼宮朱音は、とっても気まずい雰囲気の中、リラックス効果があるといわれているハーブティーを飲んでいます。
はっきり言って、全くリラックス効果が現れません。というか、期待出来ません。
しかし、何も無いよりはましだと思い。3杯目の紅茶に口をつけています。
この時間帯、厨房に集まる人が大半なので、いつもよりも賑わいが少ないサロンにて、珍しい七人のメンバーがソファに持たれながら顔を付き合わせていた。
「やっぱり、ここは意外性で考えてみて、愛の告白じゃない」
「ここここ告白!?」
(こんな嫌な雰囲気の告白なんて、私は絶対に認めない……)
朱音の左隣にいるアリアは、小声で隣に座る妹に何事かを吹き込んでいるものの、隣に座っている事とアリアの声が若干でかいせいか、すべて筒抜けである。と言うよりも、その後顔を真っ赤にしたミリアのカミカミな叫びで、話の内容など隠そうとしても隠せない。二人の会話に、朱音は淀んだ重たい空気の中、彼女たちを横目で見ながら苦虫を噛み潰したような顔をしそう思っていた。
「貴方のマヌケで無様な姿を目の当たりにして、私思ったの……貴方を守りたいって……キャー!!」
(喧嘩売ってんのか、テメェ……)
「せっ積極的だね……」
(ある意味積極的だな……って、オイ違うだろ……)
どこの世界に、そんな口説き方で落ちるやつがいるのだろうか。と言うか、既に告白ではなく侮辱の域まで到達していると思う。アリアの捻くれた愛の告白に、ミリアは感心したようにそう呟いている。どうやらミリアは、人一倍恋愛や恋の話に敏感らしい。それは一向に構わないのだが、どうかアリアの話だけは参考にしないで欲しいと切に願う朱音。朱音は小さく溜息を付くと、チラリと視線をテーブルの反対側にいる少女達に移す。
改めてみると……
(絵になるなぁ……)
朱音と向かい合うようにして座っているのがリセリア、その隣がレイリス・ロザリィと言う順番で座っている。雅美は、朱音の右隣で座りながら先程から無言を貫いていた。ストレートの銀髪と幼さの中に強さがあるリセリアに、黒髪と微笑が際立つレイリス、金髪の巻き毛と高圧的雰囲気と相成るように気品が漂うロザリィ。そして、自分の両脇に座る彼女たちもまた、独特な美しさと個性がある。同姓にも通じる魅力と言うのは、こういう事を言うのだろうなと朱音の雲がかった頭にそんな考えが浮かんでは消える。
「そろそろ、話を始めていいかしら?」
「……」
カップから口を離し一呼吸おいたリセリアは、視線を上げ目の前の黒髪の少女に問いかける。しかし、問いかけたはずの少女からの返答は無く、ただ呆然とこちらを見ている。その様子に、リセリアは訝しげに眉を顰める。
「……朱音さん?」
「えっ……あぁ、うん」
そんな朱音に声を掛けたのは、リセリアではなくロザリィだった。様子がおかしい朱音に気遣うように、話を先へと促しつつしっかりとリセリアの話に耳を傾けようとする姿が見て取れた。当の朱音は、しまったと思いつつ緩んでいただろう顔を引き締めるように力を入れ直す。不安がないわけではないが、リセリアから話を持ちかけるという事は余程の問題がない限り、まずないだろうと確信めいた考えがある。そのため、いつものようにヘラヘラ笑いながら聞いていたら、失礼は勿論のこと拳ではなく剣が飛んでくるかもしれない。
「……本題に入る前に貴方に言っておくことがあるわ。今日はお手柄だったわね。ご苦労様」
慈愛の微笑などではなく、いつものクールで落ちついた顔つきのまま、リセリアは朱音と視線を合わし口を開いた。その言葉に、面を食らったように驚いたままの顔で固まっている朱音。そして、周りにいる少女たちもまた、目を丸くし驚いていた。そんな表情をされたリセリアが、気分を害したのを表すかのように、片方の眉をピクリと吊り上げたのに気がついたのか、彼女たちは皆同じくしてばつが悪そうに繕ったように笑う。否、誤魔化した。
「それで、貴方に聞きたいことがあったのだけど……今日、自分自身が死にかけて貴方はどう思った?」
その言葉に含まれているのは、クールではなく冷たさ。あまりにも突拍子なその質問に、朱音は違った意味で目を丸くせざるお得ない。
「どうと言われても……」
リセリアの質問に、朱音は歯切れ悪く答え、今はもう傷一つない筈の左肩に視線を落とす。ふっと、魔物に攻撃を受けた瞬間の出来事が脳裏に浮かぶ。弾かれ地面を滑る剣と自分に伸びた魔物の爪、そして絡みつく血のような赤い瞳。確かに自分だけを見ていた。あの時ほどではないが、小さな悪寒が背筋を走る。
「……確かに、貴方のおかげであの二人は助かった。貴方の時間稼ぎがなければ、この事実は成しえなかったでしょう。……けれど、貴方のやったことは正義に満ちた行動でもなんでもないわ。愚かで無謀なことよ」
何とも言えない表情で口を閉ざしている朱音に、リセリアはストレートに言葉をぶつける。怒気を孕んだその言葉は、朱音に重く圧し掛かることぐらい容易に想像がついた。正直に言えば、こんな事を言われて腹が立たないほど朱音は大人ではない。人を助けたことで誰かに責められる、そんな事を快く思う奴なんて一人としていないだろう。しかし、朱音はリセリアに対して何も言い返すことが出来ないでいた。それは、紛れもなく事実を表している言葉だったからである。
「そんな言い方しなくてもいいでしょ!! 確かに、貴方のおかげで魔物は倒すことが出来た!! でも、それはあっ君にも言えることじゃない!!」
「貴方がそう言えるのは、≪結果≫として二人とも助かり、鬼宮朱音が生きているからこそ言える台詞だわ」
「それは……!?」
ダンと机を叩き、身を乗り出すようにその場に立ち上がったのは雅美だ。何も言い返さない朱音を庇うように、雅美は荒々しげ叫ぶ。その声に、数少ないながらも、サロンに滞在していた生徒の視線は雅美たちが座る一角に注目する。興味津々といった様子でこちらを見ているもの、巻き込まれる前に退散するものもいた。机に置かれた、人数分のカップの中に入った紅茶は、突然の衝撃によってカチャリと音を立て波紋を描く。冷めてしまい渋みが増した紅茶には、怒りを露にした雅美の顔が映し出されていた。
しかし、そんな雅美とは逆に、リセリアは場違いなほど冷静だった。終には、雅美を黙らせてしまうほどに。もし、どちらかが死んでしまった場合、貴方は同じ台詞が吐けるのかと、リセリアは己の目だけでそう語る。真っ直ぐ射抜くような視線を送るリセリアに、雅美は言い返せずにただその場で俯き、口を噤むことしか出来なかった。目は口ほどにものを言うというのは正にこういう事を言うのだろう。
「今日は、たまたま運よく死ななかった……けれど、こんな事がこの先続けば、貴方は間違いなく死ぬわ」
嘘も冗談もない、立った一言の近いか遠いかも分からない未来。リセリアに先を見通す未来予知やなにかの特別な力はない。しかし、彼女には分かるのだ。今まで生きてきた何百年という歳月、その経験から語ることだった。
ふと、その会話に耳を傾けていたロザリィに、ある違和感が襲う。この先続けば、リセリアは確かにそう言った。今日のような偶然が、再度起こりえるということ。それも、リセリアの口ぶりからして高確率で。その事に気づいた時、ロザリィからサァと血の気が引いていく。
「リセリアさん、まさか……」
視線は机に置かれる、自身のカップから離さず、半ば蒼白気味にロザリィは辛うじてそう口にする。自分の予想している事が、これ程までに杞憂であってほしいと思ったことは初めてだった。いつもは自分の力になる勘の良さも、今は出来る限り突き止めたくない事実を克明に映し出してしまっている。
「ロザリィ、ちょっと……」
「えぇ、ご推察のとおり、今日の出来事は偶然でもなんでもないわ」
顔色悪いわよ、と微かに震えるロザリィに、アリアは心配そうにその手を先にいる彼女に伸ばす。しかし、リセリアのその一言で、その手は不意に伸ばしたままの形で固まってしまった。それは、アリアだけでなく、朱音たちにも言えることで、驚愕の表情を浮かべていた。
自分の耳を疑った。今日の事は偶然で、万に一つの最悪な出来事の一つだったと、アリアはそう思っていた。いつもは鬱陶しいと思っていた朱音でも、助かってくれた時は心底安心した。ミリアを悲しませずに済んだ。また明日から、退屈ながらも気に入った騒々しい一日が始まるのだと思っていたのに。
リセリアのその言葉は、頑なに揺るがなかったその思いを、見事に砕き割ってくれた。
嘘だと、本当は言葉にしてこの場で怒鳴り散らしたい。しかし、今この場に流れる雰囲気が、それが事実なのだという事をアリアは感じ取っている。誰に向けられるわけでもない怒りとやりきれない思いが、頭を占めるアリアだったが、ふと横に座る妹が気になって隣へと視線を移した。震えている、膝に乗せられた彼女の小さな手。怯えを隠し切れないその表情を見ないように、アリアは静かに自分の手を震える手に重ねた。
最近ミリアは泣かなくなった。少し前までは、隠れて泣くこともしばしば、自分の前で泣くことは多々あり。そんな彼女の姿を一番間近で見守ってきたアリア自身。今この瞬間で泣き出さなくなったことが、ミリアが変わってきたと気付いた瞬間だった。だからこそ、慰めている筈の自分の手が感じる暖かさに、逆に自分が慰められているようにも感じてしまった。
「おそらく、生徒たちにこの事実を伝えられることはないでしょうね。サバイバルエリアに設置された魔法障壁の一部が破壊されていた。そして、その中で飼育されている魔物の中には、私と貴方が戦ったあの二匹の魔物は存在しない。つまり……」
「侵入者がいたって事ね」
先程より幾らか落ち着きを取り戻した雅美が、リセリアの代わりにそう口にした。そして、その言葉によって、その場に流れる雰囲気が更に暗いものへと変わっていく。
「えぇ、もしくは裏切りものがね。そう考えれば、悪戯程度でここまでの事をやらかす輩は居ないはず。この一度きりの奇襲で終わるとは到底思えない。……そして、ここからは私の推測なのだけれど。おそらく、この事件主犯は、どこかに身を潜めながら、コロッセウムでの出来事を観察していたはずよ。魔物から、強化や改造などによる人為的な痕も見つかったことを踏まえれば、魔物に施した実験の成果を調べていたとしても、ありえないことではないわ」
確たる証拠はないけどね、と付け足すと、リセリアは一息入れるように紅茶のカップに手を伸ばした。カップに口をつけながら、リセリアはチラリと自分の目の前に座る黒髪の少女を見た。その表情は沈み、視線はテーブルのどこか一点だけを見つめていた。朱音が何を考え何を思っているのか、リセリアには分からない。しかし、伝えることだけは、伝えなくてはならない。
「貴方の性格では、後先考えずこれからも猛進していくでしょう。仮に、今日のように、誰かが危険な目に合っていたのならば尚更ね。けれど、そんな事を繰り返していたら、貴方は間違いなく死ぬ。それが何故だか分かる?」
カップから口を離しテーブルの上に戻すと、リセリアは威圧するように眼光を鋭く研ぎ澄まし二度目の言葉を言い放つ。リセリアの言葉と問いに、朱音は何も言えずにただ黙ることしか出来なかった。
「それは、貴方の性格故でも、なんでもないわ。今の貴方だけの力では誰も守ることなんて出来はしない……貴方が弱いから」
ガシャン!!と、先程以上の音を立てて、テーブルが揺れる。頭にきた、許せなかった。身体を張った朱音に対して、好き勝手言った挙句最後まで否定の言葉で言い放つその済ました表情が。思いっきり引っ叩いてやろうと腰を上げたとき、雅美の腕は立とうとする力とは反対の力によって、座っていたソファに引き戻された。庇おうとした筈の朱音の手によって。
「あっ君!!……」
何故止めるのかと、そう問おうとして、雅美は朱音の方にキッと視線を向けた。しかし、その言葉は、雅美の口から滑り出すことはなかった。
雅美の腕を握っていたとは違う反対の手は、これでもかと言うくらいにきつく握り締められ、必死に耐えていることが容易に分かる。膝の上で握り締められた拳は、ブルブルと振るえ、それでも尚リセリアを真剣に見つめていたのだから。
朱音は、惨めながらも、情けないながらも、その言葉を認めざるを得なかった。リセリアがあの時いなかったら、リセリアがあの時少しでも遅れていたら、自分は死んでいたのだから。言い返すことなど出来るわけがないのだ。
正直に言えば、この学院に来た時、朱音は少なからず戦闘では皆と同等か、もしかしたら自分のほうが勝っているのかもしれないという自惚れがあった。幼い頃から鍛錬を欠かさず行い、剣の技量も人一倍磨いてきたつもりだった。そんな時に、自分の目の前に現れた天才肌のハイエルフ。最初は、魔術が使えるから彼女は強いのだと、皮肉と批判めいた気持ちが少なからずはあったような気がする。しかし、今日の彼女の戦いぶりを見れば、その気持ちは根底から覆された。使えるからではなく、彼女が使うから強いのだと。そして、その彼女に、始終助けられていたのは、紛れもない自分だったのだから。
「貴方には、選択肢が二つあるわ。先ず一つ、危険を回避し続けて誰のことも構わず、平和な学園生活を楽しむ。
……そして、もう一つは。生き残る確率を少しでも上げるために、私の教えを受けるか」
突然の申し出、リセリアはあくまで真剣だった。皆は唖然としている。まさか、リセリアからこんな台詞が飛び出してくるとは、誰も予想していなかったのだろう。てっきり、最後は無茶して死ぬか、などと言い出すものだと思っていたのだから。
「お願いします!!!!!!!!!」
「そんな事、絶対認め……!!」
ハッと覚醒した雅美は、慌てて反対の意を示そうと叫ぶが、一足遅く朱音は身を乗り出しながら懇願していた。雅美の声が掻き消されてしまうほどに。
「教えを受けたからといって、強くなるかは貴方次第よ。それに、指導の最中に死なれても責任は取れないわよ?」
「強くなれるのならなんでもする!!」
リセリアが試すように問うが、わざわざ言葉にする必要がないほどに、朱音の意志の強い瞳が言わずとも語っていた。
「そう……それじゃあ、決まりね」
「~~~~~!!!」
最後の言葉は、微かにニヤリと口元あげながら言ったのを、雅美は見逃さないというか、なぜか最後の部分だけチラリと視線を自分に向けていたのだから、見逃しようがない。まさにその姿は、小さな女王が光臨したかの様な光景だった。
言いようもない怒りが込み上げるのを抑えられない雅美。何よりも、今はクールな表情に戻っているが、先程の勝ち誇った冷たい笑みが頭から離れない。
「あぁ、それと丁度いい機会だし、貴方にも伝えておくことがあるわ」
キーキー煩いのはとりあえず放っておいて、リセリアはロザリィに視線を移す。こんなところで話を振るわれるとは思っていなかったのか、ロザリィの表情には若干硬いものがある。
そんなことは知ってか知らずか、リセリアは気にした風もなく話を進める。
「この間の生徒会の件、お受けするわ」
「えっ!?」
珍しく素っ頓狂な声を上げてしまったのは、勿論ロザリィだ。まさか、今そんな事を言われるとは思いもよらなかったのだろう。しかし、リセリアが、相手の条件だけを飲んで奉公するなどありえない話。ロザリィに対する条件という名の絶対ルールは直についてきた。
「でも、それには条件があるわ」
「……条件とは?」
内心の焦りは口に出さず、気持ちを切り替えリセリアの条件とやらを待つ。その時には、朱音たちの知るロザリィではなく、生徒会長としてのロザリィ=フレスヴェルグがそこに居た。
「鬼宮朱音、あの子も生徒会に入れてもらうわ。所属は執行部」
「なっ!?」
「ちょっと、あんた!!あっ君は入るなんて一言も言ってないじゃない!!」
こんなところで、自分の名前が出るとは思っていなかったのだろう。朱音は、驚いたように声を漏らした。雅美はというと、もう何を言っても止まりそうにない程興奮を露にして捲くし立てる。
「分かってないわね。私の元で強くなるという事は、言わば私と貴方は師弟の関係なのよ。口答えは許さないわ。それに、生徒会の執行部の仕事は、主に学院内のトラブルの駆逐。魔物や生徒の暴徒の阻止。貴方の修業には打ってつけだと思うけど」
「う……分かりました」
これ見よがしに溜息をつくと、リセリアはロザリィから視線を朱音達に戻し、冷たく言い放つ。そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない朱音。リセリアはリセリアなりに考えてくれているようだし、修業となれば自分の為にもなる。という事で、あえて逆らわずにその場の流れに乗っていったほうが得策だろう。
「~~~~~!!あっ君の最弱!!」
「ウボァ!!!」
「ちょっ!!何してんのよ変態!!」
「ブホァッ!!!」
朱音が流れに乗ったら乗ったで、気に入らないのをリセリアにあたることも出来ずにいる雅美は、鈍い音と共に隣の朱音の頬に拳を入れた。短い叫びと共に、左隣にいるアリアの膝の上に頭が不時着した後、有無も言わさぬ勢いで肘が顔面に振り下ろされたのだった。
「さて、馬鹿は放っておいて、答えは?」
「えぇ、喜んで。生徒会は、あなた方を歓迎しますわ。……それにしても、貴方からこの言葉を聞くとは思いませんでしたけど」
「よく言うわ。それに今回はただ利害が一致しただけよ。それ以上でも以下でもないわ。まぁ、今に至ってはどうでもいい事ね。全て貴方の目論見どおり、よかったわね。生徒会長さん」
最後のその言葉は、冷たく何時にも増して棘があるリセリア。その言葉に、ロザリィは形だけの笑顔で返す。この時のロザリィには、いつもの達成感などではなく、何かモヤモヤしたものが心に渦巻いていた。いや、渦巻いていたのはずっと前からであったが、更に増してしまったような気がした。
リセリアはそういい終わると、スクッとその場から立ち上がる。
「時間も時間だし、そろそろお暇するわ。色々と、やることもあるし……レイリス」
「はい」
リセリアがレイリスに呼びかけると、その意図を察してか、彼女もまた優雅にリセリアに習うように立ち上がった。
「あぁ、それと朱音。早速明日から魔術の特訓を始めるから。午前八時までに寮の門前で待っていなさい。時間厳守よ。一分遅れる毎にペナルティーがつくから、せいぜい気をつけなさい」
「でも、明日は学校なんじゃ……」
「まだ一般生徒には伝えられてないけど、色々と調べが付くまでは強制休校よ。学院の生徒には明日伝えられる筈。……とにかく分かったわね?」
「はひっ……」(ぺ、ペナルティ~)
踵を返しそういうリセリアは、何もかも見通したように朱音に釘を刺す。休む暇もなく、明日の朝から生死を分けた戦いが始まる。主に、寝坊するか否かで。
明日からまた違った意味での生活が始まろうとしている中で、それぞれの思いが交錯し始めるなど、今の彼女たちはまだ気付かない。
「おい~、雅美~……」
朱音より一歩先を歩くのは、彼女の幼馴染兼従姉である六道雅美。どうやら随分とご立腹な様子のまま、機嫌が直らないのでほとほと困り果てている朱音であった。ロザリィ達は階が違うので途中で別れたのだが、この状況で二人きりになると何となく気まずいものがある。
「頼むよ~明日遅刻したらどうなることか……」
「そんな事知らないわよっ。自分で起きたらいいでしょ」
情けなくそう呟きながら、朱音は再度雅美に頼み込む。ここで引き下がったら、朱音は十七歳という若さで人生の楽しみを知らぬ間にあの世へと道案内されてしまうかもしれない。しかし、そんな朱音の言葉も空しく、雅美から返ってくるのは刺々しいオーラのみだ。紅い廊下を踏みしめながら、何か方法はないかとアレコレ思案する朱音。主に雅美のご機嫌取りのための内容を……
「いい加減機嫌直して。なっ?」
「……なんで修業なんてするなんて言ったのよ」
相変わらずの剥れた表情で、雅美は不機嫌さを露にして呟く。その問いに、困ったような顔を浮かべながら朱音は言葉を濁す。
「何でって言われてもなぁ……」
「自分から危険な道に進むなんて馬鹿じゃないの!普通に学園生活を満喫すれば言いだけじゃない!それとも何?正義の味方にでもなるつもりなの?だったら好きにしなさいよ!」
その朱音の言葉が癇に障ったのか、雅美は顔を真っ赤にして一気にそう捲くし立てると歩調を速める。死に掛けたくせに、また危険に進もうとしている朱音の考えが、雅美には理解できないでいるのだ。いや、理解は出来ているものの、認めたくないだけだった。
「あ~、正義の味方かぁ。確かにそれはカッコイイかもなぁ」
何て呟きながら、朱音は雅美の数歩後を歩きカラカラと笑う。雅美はというと、今さっきの言葉で爆発した怒りが収まらないのか、朱音の存在を完璧に無視して足を進めている。しかし、そんな雅美の態度を気にした風もなく、朱音は言葉を続ける。
「でも今はまだ、そこまで強くないから、せめて雅美達だけでも守れるくらいにはなるっていうのが、第一の目標かな」
冗談っぽくそういう朱音に、やはり雅美は何の反応も見せず、結局はあっという間に部屋の前まで辿り着いてしまった。そのあとの朱音は、しつこく頼み込んでくる様子もなく、いつものようにおやすみと明るく言うと、部屋に戻っていった。自室のドアを潜った雅美は、疲れた身体をベットへと投げ出し、誰に言うまでもなく呟く。
「何が守るよ。よわっちいくせして」
その言葉に、怒りの色は一切ない。怒りなど、さっきの本気かも分からない朱音の言葉でどこかへと吹き飛んでしまった。悔しいと思う反面、なんだかそれが当たり前のような気がして安心する。何とも不思議な気持ちだった。
「しょうがないわね……顔に悪戯書きをする位で許してあげるか……」
ついでにいつもよりずっと朝早くにモーニングコールをし、緑茶の中に山葵をでも盛って飲ましてやろうと、そんな事を考えながら眠ってしまう前に、着替えを持って脱衣所へと消えて行く雅美。そしてそう時間の掛からないうちに、湯銭の音がしたかと思うと、機嫌のいい鼻歌が反響していたのだった。
「レイリス……貴方何時まで人の部屋に居るのよ」
午後十時半過ぎ、リセリアは自分の部屋に居る自分の主に不機嫌そう問いかける。いつもだったら、十時前には自室に戻っているレイリスが、今日は珍しくこんな時間帯まで居座っているのだ。リセリアは趣味で集めたアンティークの埃やらを掃除しながら、特にお気に入りの柱時計を見つめた。
「いいじゃないですか、たまには……それにしてもリセリア?随分と雅美様を苛めていましたね」
「あぁ、私に喧嘩を売った罰よ」
ふと、そんな疑問をしてみたところ、リセリアはクツクツと笑いながら答える。妙に子供っぽいところがある術者を、愛おしそうに見つめ。レイリスは手元にあるカップを手に取り、紅茶を啜った。
「それより、いい加減に部屋に戻りなさい。私は、明日から更に忙しいのだから」
自分から忙しい身を選んだというのに、随分な言い方だと思いながら、レイリスはそ知らぬ風に紅茶啜る真似をし続ける。すると、リセリアはアンティークの掃除をあらかた終わらしたのか、自分が使うベットメイクをし始める。早速寝る準備を始めたらしい。
その後姿を少しの間見つめていたレイリスが、静かに立ち上がる。リセリアに気付かれぬように近づきながら、背後に立つと、そのまま……
自分より小柄で、自分より長い歳月と孤独を生きてきた、儚くも強い術者を抱きしめた……
「……」
最初は何をされたのか、理解出来なかった。そして数秒を要し、やっと自分が抱きしめられているのだという事に気がついた。ベットメイク中に抱きつかれたものだから、シーツは皺くちゃのままだ。
「レイリス……重いわ」
そこまで強く抱きしめられているわけではないのだから、抜け出そうと思えば抜け出せるが、何となく気が引けるのでその体勢のまま、リセリアはそう言った。何となく、こういうのも悪くはない。うなじと背中辺りに当たる自分より遙かに豊かな二つの柔らかい感触には殺意を覚えたが。
「リセリア、あんまり私を不安にさせないで……」
泣いているのか、それとも笑っているのか、リセリアからレイリスの顔を窺い見ることが出来ないのだが、その代わりに、リセリアは自分の首に回されているレイリスの手にそっと、自身の手を重ねふっと笑みを零した。
「我侭なお姫様ね……ほんとに……」