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「おーい、魚獲ってきたよー!!」

 朱音が森へと駆けていって少し経った頃、川へと向かった三人が満足げに歩いてくる。

「中々に大漁よ」

 手に下げたバケツを地面に置くアリア。透き通った水面下には、それなりの大きさの魚が数匹窮屈そうにバケツの中を泳いでいた。そのバケツを覗き込むレイリスは、少し驚いたように顔を上げる。

 

「この短時間でよく捕まえてこられましたね」

 道具の一つも持たずに川へとおりた筈なのに、随分早い帰りと人数分より少し多い魚。レイリスが不思議に思うのも無理はない。

「それが、アリアとミリアが魔術でぱぱっと捕まえてくれたの。アレはすごかったなー。水が急に形を変えたりするんだもん!!」

 その疑問に答えたのはアリアではなく、子供のように目を輝かせる雅美だった。水球の檻で魚を捕まえた瞬間が忘れられないらしく、先程からずっとこの調子のようだ。

「流石セイレーンだけあって、水系の魔術は得意なのね」

 作業を中断し、レイリス同様にバケツを覗き込むリセリアは、アリアとミリアに視線を移しながら感心したように呟いた。

「まーね。どっちかって言うと、そういうのはミリアのほうが得意なんだけどね」
「そんな事ないよ……私なんかまだまだだよ」

 謙遜しがちな妹を立てるように、そう言うアリアにミリアは恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにはにかみながら答える。

「あー、私も早くあんな風に魔術を使ってみたいなぁ。いまのままじゃ、全然役に立てないしー」
「練習すれば、すぐ出来るようになるわよ。それより、早速火をおこしましょうよ。魚も捕まえて来たんだし」

 一時の間、リセリアから返してもらった愛用の符を取り出しながら、羨ましそうに言う雅美に、アリアは笑ってそう返すと、早々と仕度を整えようと動く。しかし、そんなアリアに、リセリアから声がおりた。

「作業に取りかかりたいのはやまやまなのだけれど、肝心の火を起こすための枝が揃ってないのよ。どこで道草をくっているのかは知らないけれど」

 不機嫌そうに眉を寄せながら、朱音が消えて行った森へと視線を送る。枝を集めるだけなら、帰ってきていても十分な頃合のはずなのだが、いまだに森から帰ってくる気配はない。

「この場にいないのは二人。ロザリィはキノコを採りに行っているはずだから、枝を集めているのはあっ君か」

 何かを察したように苦笑いを漏らす雅美。子供心健在の朱音の事、どこかで道草がてらに昼食のことも忘れて遊んでいるに違いない。

「あの馬鹿……」

 ギリッと歯軋りをすると、怒りを露にプルプルと拳を震わせるアリア。今にも何かを破壊しそうな勢いである。

「もっもしかして、何かに巻き込まれたんじゃ……」

 と、その姉の横で不安そうに目尻を下げるミリア。つくづく正反対の姉妹。

「その可能性は低いわね。魔物は確かにいるけれど、このエリアは最下級の雑魚しか生息していないはずだから、襲われても撃退は容易い。集団で襲ってくる厄介な輩もいないし。考えられるのは二つ、どこかで道草をしているか、道に迷ったか」

 最後のほうは呆れ半分といった感じに答えるリセリア。前者であるならばそう問題ではないが、後者ならば話は別だ。迷わないよう考慮して、森の近辺で作業をするという考えが、果たして朱音にあるのだろか。それとも、何も考えずに深部へと歩みを寄せるタイプなのか。

 しばし無言で思案にふける五人。そして、出た答えは……

『迷った』

 面白いぐらいに、五人の声が重なる。彼女達の脳内では、朱音は相当な無知扱いを受けているらしい。

 そんな時、朱音が消えて行った反対方向の森から、籠を片手に嬉々とした様子のロザリィの姿が見えた。

「あっ……ロザリィ」
「あーあ、本当に残るはあの馬鹿だけね」

 雅美の呟きに、やれやれといった具合に首を振るアリア。

「? 何かあったんですか?」
「問題児が一人帰ってこないのよ」

 何故か疲れたような顔をしているメンバーに歩み寄りながら問うロザリィに、リセリアは眉間に皴を寄せながら答える。その言葉に、ロザリィは軽く辺りを見渡すと、予想通りの人物が見当たらないことに、小さな苦笑を零した。

「てなことでね。あっ君が帰ってくるまで火を起こせない。イコール料理が出来ないのよ」

 はぁとこれ見よがしに溜息を付く雅美。毎度問題ばかり起こす能天気な幼馴染の顔が浮かんでは消える。

「まぁ、とにかく。食材探しの成果は?」

 溜息を付く雅美の横で、アリアはそう言いながらロザリィから籠へと視線を移す。

「えぇ、たくさん見つけてきました。それにしても、最近のキノコはとても綺麗なんですね。見ていて全然飽きないです」

(……今聞いちゃいけないことを聞いたような)

 採取している時間がよほど楽しかったのか、普段見せないような緩んだ顔する。しかしその言葉に、キノコを探す基準で決してあってはならない単語が含まれていた。籠に被された白い布を捲るロザリィに、一抹の不安が過ぎる面々。

 そして、布に遮られていた中身が姿を現すと、彼女たちの不安は見事に的中し、最早固まることしか出来ない。食用キノコにあってはならない、鮮やかな赤色やら紫色のコラボが、ぎっしりと箱の中に詰まっている。

(ちょっ何なのよ!? あの某ゲームに出てきそうなキノコは!! あんなの食ったら、体がでかくなる以前に中毒死するわよ!! 分かる!?マ○オよ!! ○リオ!!)
(ダメよアリア!! 完璧名前出ちゃってるし!! というか、あの毒々しいキノコ持ちながら微笑んでるロザリィが怖い!!)

「?」

 笑顔のロザリィを目の前にして、「それ毒キノコだよ」なんて言えるはずもなく、しかし動揺を隠せないでいる。ミリアに至っては、目がもう泣いているが、口元は笑っているという器用な表情をしている。そんな皆の態度に違和感を覚えたのか、ロザリィは首を傾げながら、ただただ不思議そうな顔をする。

(くっ、ここは誰かに真実を言わせて、毒キノコであることを気付かせなければ!!)
(えっえぇ、そうよね。いくらなんでもアレは食べるわけに行かないし……こういう時は)

 ロザリィに気付かれない程度の声で会話をするアリアと雅美。カタカタと震えているミリアは対象外、ここは適材適所という事で、クールフェイスな魔術師こと、リセリアに視線を移すが、次の瞬間もの凄い勢いで目を逸らされてしまった。

(何で目を逸らすのよ!!)
(こういう時こその、あんたでしょうが!!)
(貴様らが言えばいいだろう!!)

 素早く自分に近づき、ロザリィの前まで押し出そうとする二人に、反論するリセリア。

(あんなの食べたら死ぬわよ!! いいの死んでも!?)
(そうよ、私たち普通の女の子が食べるなんて、あっ君でもない限り無理よ!!)
(……あんなに嬉しそうにしている者に対して、真実を言えるほど私も鬼ではないわ!!)

 ロザリィ達から反対方向を向きながら、雑談を始める三人。リセリアの説得を試みる二人だが、リセリアは気まずそうにロザリィを一瞬見やると、難しそうな顔をして口を開く。

(うっ……、確かに、ロザリィのあんな満足げな表情は久しぶりに見たわ)
(私なんて、この学園に来てから始めてよ)

(仕方が無い。調理の隙を見計らって、紛失に似せて捨てるしかないわね)

 さり気なく一番酷い手段のような気もするが、今のロザリィに真実を伝えるのは酷というもの。リセリアの計画に、二人はウンウンと首を縦に振って同意を示した。しかし、そんな三人の脇を通り過ぎて、レイリスはロザリィの前まで歩み寄る。

「ロザリィ様」
「はい?」

「それ、毒キ……」

『ダメーーーーーーーーーー!!!』

 レイリスが名を呼ぶと、ロザリィはキョトンとした様子で聞き返す。そして、その天然さで真実のタブーを口に出そうとするレイリス。それに気がついた雅美とアリアの、甲高い叫びが木霊し、恐ろしいほどの俊敏さでレイリスの背後に移ると口を押さえて後方へと下がるリセリア。戦闘能力の高さを、こんな場面で遺憾なく発揮しないで欲しい。

「……ぷはっ、もうリセリアは強引ですね」
「色々と誤解されるような発言はやめて頂戴」

 リセリアが手を離すと、苦しかったのか微かに上気する頬と潤んだ瞳でそう言うレイリスに、リセリアは素早く反応する。

(レイリス、今言おうとしたことは絶対言っちゃダメ!!)
(毒って言う単語は一切禁止!!)

「?はい、わかりました」

 雅美とアリアの剣幕に押されてか(押されている様子はあまりみられない)、レイリスは何時もの笑みを浮かべて了承する。本当に分かっているかいささか不安である。

 そんなレイリスを囲いながら、ロザリィの笑顔を守ろうと奮闘する三人の姿は、ロザリィにとっては奇行にしか映っていないのが悲しいものである。

 


しかし、そんな三人は、ある忍び寄る悪魔の存在に気付いていなかった。

「おーい、遅くなったー! 道に迷うとは思いもしなくてさー……って、うおぉ!!」

 森から帰ってきた朱音は、薪を両手に抱えて彼女たちの前へと現れる。そして、ロザリィの籠を見た瞬間、驚きで薪を地へと落とす。

「それ毒キノコじゃん!!」

 ビシッとロザリィの持つ籠を指差しながら、慌てたように叫ぶ朱音。その言葉に、この場の温度が氷点下まで下がったのは言うまでも無い。

「毒…キノコ……」
「そうだよ。これ食ったりすると死んじゃう事もあるからな。気をつけなきゃダメだ」

 呆然と呟くロザリィに朱音は、さも当然と言う様に言い放つ。そして、その瞬間目に見えるほどロザリィの顔から笑顔が消えていき、シュンと肩を落として俯いてしまう。その姿に、焦りを感じた朱音はどうすることも出来ずに慌てふためいていると、不意にポンと肩に手を置かれる。何かと思い後ろを振り返ると……

鬼のような形相をした三人組が、溢れんばかりの殺気を撒き散らしながら、背後に立っていた。それも、その殺気全てが自身に注がれているという事が、肌で感じ取れる。受け止めきれない恐怖によって、朱音はただ「アハハ……」と乾いた笑いを漏らす。

 そして……

「死んで償え下衆め! ダンシングソード!!」
「この悪魔! 符術 氷槍符!!」
「捻り殺す!! フリーズランス!!」

「ニ゛ギャァァアアアアーーーーーーーーー!!!」

 この後、朱音は想像も絶する地獄を見た。迫り来る刃という刃。それに加えて三匹の鬼。修行は思うように捗らないものの、実戦経験だけは頼まずとも上がっていくのは、果たしていい事なのだろうか。こうして、朱音の修業初日は無事とは言いがたい形で幕がおりたのだった。
 

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1986/10/31
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