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 照りつける太陽が陽炎を作り出し、木々に止まる蝉の声が煩いほどに木霊していた。

 今日は夏真只中と言うわけで、外も室内も気付けば汗ばんでくるほど蒸し暑い。こういった日には、無理に外へ出ようとはせずに、クーラーの効いた部屋でゆっくりと過ごすのが一番なのだが、最悪な暑さは最悪な出来事まで運んでくる。部屋に必ず備え付けられている冷房機器が、寮全体で使えなくなってしまったのだ。と言うより、電気が一切使えない。そのため、扇風機すらも動かないガラクタとなっている。
 

 

「暑い!! 暑い暑い暑い暑いー」

 ぐったりとベットに横たわりながら叫ぶ朱音を横目に、雅美は素知らぬ風に冷蔵庫にあったバニラ味の棒アイスを咥える。少し溶けているのが気になるが、ひんやりと冷たい刺激と共に甘い味が口内へと広がっていく。夏に味わえる独特の小さな幸福の一つだ。暑い室内は変わりようがないのだが、火照りきった身体は不思議と冷めたように感じる。

「あっ! それ私がさっき買ってきたアイスじゃねーか、何勝手に食ってんだよ!!」

 今まで死んだように横たわっていた割には、元気よく跳ね起きるわねと悠長に思いながら、手元にあるカタログをペラリとめくった。季節に合わせたお洒落なデザインと色調に彩られた、最新作の薄手のスカートやTシャツなどが一枚のページに何行かの広告文句と共に並べられている。服装は勿論小物にも気を遣う雅美は、品定めをするように平面状の服を見つめる。一つ一つ慎重に、横に居るうるさい輩はこの際無視だ。

 しかし、ふとその視界の隅にあったあるものに目を奪われる。赤茶色のぶ厚いカバーに包まれたソレは、朱音が愛読している漫画の棚にすっぽりと収められており、どこか異色な雰囲気を放っていた。気になって手を伸ばせば、ずっしりと重たく滑らかな手触りが伝う。カバー自体は傷んだ様子はそれ程見られず、表紙にはアルファベットでアルバムと大きく書かれている。大切に扱っていたのか、それともただ単に触れる機会が少なかったのかは分からないけれど。

「ねぇ?これみてもいい?」
「大体お前……って、いいって言う前に見てんじゃねーかよ……」

 相変わらずギャーギャーと騒いでいる朱音に一応問うものの、承諾する前にカバーは開かれていて、結局意味はないのだけれど。朱音は呆れたような視線を送るも、どこか諦めたように溜息をひとつ零すと雅美の隣に腰を下ろす。二人で覗き込みながら、静かに雅美がページをめくる音が室内に響く。

「これって、あっ君が赤ちゃんの頃の写真じゃない。うわっ、可愛いんだけど」
「そーだそーだ、可愛いだろ」

 目次を過ぎて、一ページ目に飾られているのは、生まれたばかりの朱音の写真。小さな手をキュッと握ったまま、目を瞑っている姿は寝ているのか起きているのか判断は出来ないが、幼子特有の愛らしさがある。そんな写真を見つめる雅美が、いつもの毒舌ではなく素直にそう呟くものだから、朱音は気を良くしたように笑う。

「今じゃ見る影もないけど」
「……お前はっ倒すぞ」

 やはり、毒舌は健在だった。チラリと朱音に視線を移して、残念そうに小さな溜息をつく。

 その後も、幾つかのコメントが書かれた写真とその中に映る朱音の姿も、成長を現すかのように大きくなっていた。そして、その隣には年を同じくした雅美の姿も。一つ違うことがあれば、雅美の髪は肩口より短めに切られており、朱音の髪は腰まで伸びていて二人を知る人物がみたら違和感を覚えるだろう写真の数々。まるで、今の二人とは正反対の幼年期の思い出が描かれていた。

「あっ君昔は髪長かったものね」
「んあ?そういやそうだったな」

 目を細めて、写真を見つめる雅美は小さく笑う。その雅美の笑みなど気付かずに、朱音は軽く前髪を弄りながら答える。眺める写真に刻まれる思い出の数々に、忘れかけていたものが鮮明に次々と浮かび上がってくる。くすぐったい様な気恥ずかしさを覚えるものの、ページを捲る指先は動き続ける。そして、ふとその動きが止まると、ひろげられたページに貼られている写真は、今までの写真と少し異なっていた。流れるような黒髪は、隣の少女よりも短く乱雑に切られており、無理やり切られたと思われても仕方のないものだった。しかし不思議なことに、写真の中の二人の少女は屈託のない笑顔を浮かべている。

「ねぇ、あっ君。あっ君がどうして髪を短くしたか覚えてる?」
「は?短くした理由? う~ん、かなり昔の話だろ。どうだったかなぁ」

 雅美は覚えている。朱音は困ったように頭を掻きながら、必死に記憶の糸を手繰り寄せているようだが。雅美は鮮明にその時のことを覚えているのだ。

 そうそれは、まだ朱音も自分も幼く、本当に何も知らなかった時代。雅美の脳裏に浮かび上がる幼き日の出来事。

 

 

 あの頃の私は、今とは正反対のおてんば娘だった。短く切られた髪に半ズボンなどを好んで履いていたせいか、よく男の子に間違えられては頬を膨らませていたのを覚えている。

 あっ君は、そんな私とは違って長い髪にどこか気弱さを漂わせる女の子だった。昔から剣術を習っているくせに、どこか弱気で頼りない。数多居る門下生の中でも、才能も認められている方だったのに関らず、門下生の嫉みと誹りの言葉にすら反論を返せない。そんな子。

 それなのにも関らず、同じように苛めに合う弟を庇おうとする変な正義感を持ち合わせていたりで、とにかくほっとけない子だった。

 鬼宮の当主にも目に見えて可愛がられているせいもあり、宗家での扱いは優遇されてもいたけれど。そのせいで、一部の人間には影で辛い目に合わされてもいた。特に、あっ君の弟はその対象で、手先が器用で機械関係などの技術は人並み以上でも、鬼宮家の男児で必要とされるのは剣術。残念なことに、必要とされるその才能は人並み程度にしか授けられず。姉であり女である筈のあっ君は、何らかの理由によって特例で剣術を習っていることもあり。立場は思った以上に悪く、それが他の人間が攻撃する種を与えてしまっていた。宗家の敷地内に道場があるせいもあり、逃げ場と呼べるものは本当に限られたところだけだった。

 今思えば、多くの反発を押し退けてまで、特例を与えてまで剣術を習わせたのは、あっ君に次期当主の権利を相続させる事をその時から考えていたのだろうと私は思う。今その事実を知るのは、現当主代理である伯父様と数少ない幹部の人間だけ。私には知る術もない。

 けれど、幼い私には大人の事情など知る由もなく、手の掛かる幼馴染に世話を焼いている程度だった。

 

 

 

 その日は、小さなパーティーに呼ばれていた母親に付いていくために、着慣れないワンピースに袖を通したのだ。鏡越しでみた何時もと違う自分に、何となく嬉しさが込み上げて。これはあの子に見せに行くしかないと思い、走りにくい足を精一杯伸ばして家の中を駆けずり回って探していた。

 いつものように、竹刀を振るっている姿を想像したのに、道着に身を包んだ長い髪を揺らめかせたあの子の姿はどこにもなく。だからこうして、当てもなく家の中をパタパタと小さな足音を立てて跳ねていたのだが、庭先で聞こえた物音にその足を止める。

 

 


「僕の作った発明品返してよ~!!」

 小さな道着に包まれた小さな少年は、自分より大きな少年に取られたボールのようなものを必死に取り返そうと喚く。その顔には大粒の涙が溜まっていて、今にも零れてしまいそうなのを必死に目を開いて耐えているようにも見えた。

「こんな鉄くず発明品とは言わないんだよ! なぁ?」

 昔で言う悪ガキのリーダー。何かというと、朱音や勇真に文句をつけてはちょっかいを出してくる。今日も、完成した発明品を手に歩いているところを見つけて、こうして無理やり奪い取ったのだ。

「どうせ意味のないもなら、僕たちが有効活用してあげたほうがいいというものです」

 取り巻きを相変わらず引き連れて、無邪気に笑う姿は、子供さながらの冷酷さを表していると思う。小さな少年は決して向かって行かない。力では勝てないことをよく分かっているからだ。悔しそうに歯をギシギシと噛み締めながら耐えるものの、限界の糸が切れたように溜まっていた涙はボロボロと伝い道着と地面に吸い込まれていく。

 その様子を、木の陰に隠れて窺いながら、幼い顔立ちを不快気に歪ませる。

「もう、男だったら向かっていきなさいよ」

 聞こえない程度の小さな声で、しかし確かな怒気を込めて呟き、ワンピース姿で不似合いな地団駄を踏む。調子付く悪ガキ共に、不快指数が上昇し、何時もの如く飛び出していこうと身を乗り出すが。


「返して!!」


 聞き覚えのある声でピタリとその場が静かになる。前のめりになった身体を慌てて引っ込めながら、再び木の陰から顔を覗かせた。悪ガキと泣きじゃくる少年の間に滑り込むように、竹刀を持った黒髪の少女が立つ。一つに束ねられて揺れる髪先は長く、腰まで届くほどで、かなり急いで駆けつけたのか、息は荒く滲んだ汗で前髪はペットリと張り付いていた。

「ねーちゃん!!」

 赤く目を腫らした少年は、その少女の姿を認めると背中に隠れるようにしがみ付く。その小刻みに震える我が弟を守るように対峙しながら、懇願するように叫ぶ。

「勇真が……弟が一生懸命作ったものなの。だから返して!」
「ヤダね。返して欲しけりゃ、俺に勝ってからにしろ!」

 悪ガキの大将はそう言うと、背中に下げてあった竹刀をその少女に向かって突きつけるが、少女は竹刀を握り締めたまま構えを取ることもせず、かといって同じように突きつけることもせず、ただ竹刀を握る手に力を込める。

「へっ、喧嘩も出来ない弱虫のくせにしゃしゃり出てくんなよな!!」

 挑発するように揺れる竹刀と言葉に、悔しそうに唇を真一文字に結ぶ。言い返したくても言葉が喉に痞えて出てこない。腹の底から湧き上がるような沸々とした怒りは確かに感じられるのに、悔しさに歪められた口は開くことがない。それが更にもどかしく、竹刀を握る手がブルブルと震えた。

「悔しかったらなんか言い返してみっ……ろぉ!?」

 不自然に途切れる言葉に、はっと顔を上げれば何時ものあの子が何時もと違う服装で悪ガキにドロップキックを食らわせていた。予想外の衝撃に、弟から奪った球形の塊はスルリと悪ガキの手から零れ落ち、鈍い金属音を響かせて二・三度小さく地面を跳ねコロコロと転がる。

「あんたたち性懲りもなくまたあーちゃんとゆーまを苛めてるわね!!」

上手い具合に着地して、倒れこんだ悪ガキを見下ろしながらビシッと人差し指を向ける少女。

「まさちゃん!?」
「まさねぇ!!」

 聞きなれた台詞と見慣れた背中に向かって叫ぶ。竹刀を握り締めた手がフッと緩む。自分よりも幾分か小さい身体の少女の背中は、自分よりもとても大きく感じ、それと同時に酷く安心する。背中に隠れていた弟も、涙で汚れ赤くなった目元を一杯に広げて、期待とそして自分と同様に安心の意を示しながら叫んでいた。

「出やがったな。この男女!!」

 地面からユラリと身を起こしながら悪態を付く悪ガキに、少女は仁王立ちをしながらギロリと睨む。そして何時ものように、小さな口論が繰り返される筈だった。それなのに、ほんの少し強い風が吹いたことによって、何時もと違った事を運んでしまった。小さな言い争いは、最後は必ず悪ガキ達が憎まれ口を叩きながら引き返していく、というのが常時のパターン。

 


 それなのに……

 

「きゃあっ!!」

 悲鳴と共に舞い上がる純白のスカート。突然の出来事にその場にいた者たち全員が目を丸くし、慌てて押さえている彼女の顔は、差恥を抑えているのを表すかのように真っ赤に染まっている。何時もの半ズボンなら決して引っかかることのない気まぐれな風の悪戯。

 その彼女の様子に、悪ガキがニヤリと嫌な笑みを浮かべた時にはもう遅く。

「そんな似合わないもの履いてるからそうなるんだよ!! 男女のくせに!!」

 心底おかしそうに笑う。いつもの彼女だったら、即言い返すはずのその言葉。けれど、今日は何故か一言も言い返さず、真っ赤な顔に今にも泣きそうな表情を貼り付けて、押さえたスカートをギュウッと握り締める。悔しいはずなのに、言葉が出てこない。出てくるのは小さく掠れた息遣いだけだった。

 


 ほんの束の間だったのか、それとも長い時間が過ぎたのか、悪ガキ達は全くといっていいほど言い返してこない彼女に好き放題文句を言い散らかすと、満足したのか飽きたのか、背を向けて帰っていった。その間、情けないことに彼女を見守るしか出来ない自分がいた。その場に残されたのは、ピクリとも動かない彼女と守られた二人だけ。居心地の悪い静寂に、先程と同じ風が葉を舞い上げながら吹き込んでくる。

 どれほど経ったのか、重苦しい息苦しさに困ったように弟に視線を移すと、同じように見つめている瞳と視線がぶつかる。見合わせた瞳を目の前に佇む彼女に合わせると、しがみ付く弟と共にゆっくりと近づいた。自然と、道着を掴む弟の力が強くなっているのは、気のせいではないと思う。

 

「まさちゃ……」

 声を掛けながら、肩を掴もうと手を伸ばすと、彼女は勢いよくこちらに向かって振り向いた。その表情が悲しく、とても怒っているように見えて、思わず伸ばした手が躊躇ったように引っ込む。

「私は女の子だもん!!」
「わっ、わかってるよ……」

 歪んだ顔を更にクシャッと寄せながら、わめくように叫ぶ彼女。焦りを隠せない私の声が、余計に彼女の苛立ちを刺激してしまったらしい。

「嘘!! どうせあーちゃんだって、私のこと男女とか思ってるもん!! 髪だってあーちゃんみたいに長くないし!! 」
「そんなこと……」

 怒りを吐き出すように捲くし立てる彼女の言葉に、否定を表そうとするが、涙を零す彼女のきつい視線によって口を噤む。そして堪えきれなくなったように、彼女はその場から走り去ってしまった。

 


 今度こそ弟と自分だけが、取り残されたように呆然とその場に立ち尽くす。

「まさねーちゃん泣いてたね」
「うん……」

 弟の呟くような言葉に、ただ小さくそう返すしかない。右手に握った竹刀は、今日もまた意味を成さない無用の長物だった。いつもいつも、手元にあるのにもかかわらず意味を持たないものになってしまう。そうして、剣すらもたない彼女にずっと守られてきた。

 (情けない……)

 心底そう思う。今まで、彼女が言い返さないことなんて無かったから。こういう時こそ、自分が守るべきはずなのに、やはり自分はいつものように見ているしか出来なかった。

 心のどこかでは、彼女は……まさちゃんは強いから大丈夫。そんな勝手なイメージを彼女に対して植え付けていた。それが、彼女をあんな目に合わせてしまったのかもしれない。彼女はそこまで強くなかったのに。そんな事を今更ながら気付かされる。

 きゅっと唇を結ぶ。決意を持って、これから私は弟とある約束を交わす。

 

 


 その日、私は握り締めてよれてしまったワンピースを脱ぎ捨てて、部屋へと閉じこもった。母は心配そうに何度も尋ねてきたが、幼い自分は我を通してばかりで、結局パーティーに行かなかった。夕食も顔を見せず、母が作って持ってきてくれたおにぎりで空腹を満たす。正直、八つ当たりのような形で当たってしまった二人に合いづらいというのが本音だが、素直になりきれない自分は決して頭を下げられないとわかっている。

 そうして、自室で不貞寝をする自分に、部屋へと訪れた母は優しく頭を撫でてくれた。昼間あった出来事をそれとなく話すと、母は予想外にも顔を綻ばせた。母の笑顔の意味がわからない私は、頬を膨らましながら拗ねたように視線を逸らす。そんな私の顔を見ながら、母はまた嬉しそうに笑って、「あの二人、頑張ってるわよ」と囁くのだった。

 


 することも無く、縁側に座り込みながら足を軽く揺すり、退屈そうに庭を眺める。昨日のこともあって、二人には未だに会っていない。退屈な時間がゆっくり流れる。昨日と違って、膝丈の半ズボンは靡くことも無い。変わらない自分の姿、違うのは憂鬱な気分と二人が隣にいないこと。ただそれだけで、酷く寂しい気持ちになる。

 今の自分はきっと酷い顔をしている筈だ。そう思うと、悔しさと小さな罪悪感が交錯していく。振り払うように、縁側から足を上げながら、自室へと戻ろうと足を進ませる。

(部屋に戻ろ……)

「まさねーちゃーん!!」

 そう、それが一番だ。することも無いなら、母のところへと行けばいい。そう思って、歩く足を速めるが、やけに重く感じる。そんな時、後ろから聞き慣れた声が自分の名を呼ぶ。それに加えて、小さな足音も。

 はっとして後ろを振り向けば、泣きべそばかりかいていたはずの勇真が満弁の笑みで駆け寄ってくる姿が見えた。自分の目の前に辿り着く頃には、息も絶え絶えで額には汗が浮かんでいるが、やはり表情は笑顔のままで。

「何よ。私は忙しいの」

 そんな勇真を目の前にして、昨日のこともあり少々冷たい態度をとってしまう。しかし、そんな事は気にも留めていないのか、勇真は荒い息を数回繰り返すと嬉々と叫ぶ。

「んと、昨日のあいつら、僕の発明品でやっつけたんだよ!!」
「え?」

 予想もしない言葉に、自然と言葉が漏れる。昨日のあいつらといえば、浮かぶのはあの悪ガキ達の顔。やられっぱなしだった勇真がと思うが、嘘を言っているようにも見えないので、どう答えていいのかわからない。

「あのね、昨日ねーちゃんと……」

「こんなところに居やがったか!! ぶっ飛ばしてやる!!」

 勇真の言葉に耳を傾けようとするも、肝心なところで邪魔が入る。勇真が走ってきた方向から数人。昨日の悪ガキ達が皆が皆竹刀を携えてこちらへと向かってきたのだ。その姿に驚いているのは、状況を把握しきれていない私よりも勇真である。

「うわっ!! 何であいつらくるんだよー!?」
「やっつけたんじゃなかったの?」

 急いで雅美にしがみ付きながら、勇真は隠れるように背中へと回る。その勇真に半分呆れたように視線を移しながらそう聞き返す。

「へっ、お前の作った鉄くずは急に動かなくなったんだよ」

 所々に傷を負った悪ガキは、竹刀とは別に掴んでいた物を二人の目の前へと放る。ガシャンと大きな音を立てて、転がる鉄球には見覚えがあり。昨日悪ガキ達に盗られた金属の塊と酷似しているが、所々に手が加えられているようだった。

「あ~、バッテリーが切れちゃったんだ。もう少しだったのに」

 困ったようにそう呟く勇真。どうやら、随分健闘していたというのは確からしい。しかし、所詮は機械、エネルギーが持たなければ意味が無い。

「オラ!! 隠れてないでとっととこっちにきやがれ!!」

 随分と怒りを買ったらしく、握り締めた竹刀をバシバシと地面に振り下ろす。その姿を見るたび、後ろにしがみ付く小さな勇真は大きな振るえを起こす。

「そんなのあんた達の日頃の行いが悪いからでしょ」

 一方的過ぎる言い分に、雅美は勇真の代わりにと反論する。常日頃から、恨みを買うようなことをやっているのだから、あれくらいの怪我は報いとして当然といえば当然である。

「またお前かよ。いい加減俺等の邪魔するなよなー男女!!」

 その言葉に、昨日の今日という事もあり、いつも以上の怒りが腹の底を通すかのように湧き上がる。昨日の失態は今日の挽回で取り戻すしかない。何時ものようにとび蹴りの一つでも食らわそうと身を乗り出すが、小さな背中が睨み合う二人の間に滑り込んだ。背中を見るのは初めてではないけれど、この状況でこの子の背中を見るのは初めてだった。

「まさねーちゃんの悪口言うと許さないぞ! まさねーちゃんに謝れ!!」

 立ちはだかるように手を広げながら、ムッとした表情で睨みつける勇真。その表情は、お世辞にも威圧感があると言えないもので、しかし必死さは肌で伝わるほど感じ取れる。怯えのためか微かに震える指先が、不謹慎ながらも嬉しさを感じてしまう。

「生意気な口叩きやがって。 後悔しやがれチビ!!」

 飼い犬に手を咬まれたというのはおかしいが、心境的には似たようなものがあるのだろう。気に入らないという雰囲気を前面に押し出しながら、竹刀を構える。怒気に身を任せているせいもあり、見ていられないような構えだが、竹刀を持っている時点で脅威には変わりない。武器を持っているのと持っていないのとでは不利なのは完全にこちら。何時もは言い争いで済んでいた事が、ここまで発展したのは、勇真の変化が周りに影響を及ぼした結果だろう。そうして、その変化でこんな状況を作り出しているのにもかかわらず、何故か嬉しい気持ちになる自分が居た。

 しかし、そんな感情とは別に事態は最悪なほうへとしか向かず、ついには沸点を超えたのか竹刀を手に襲い掛かってくる悪ガキ。慌てて、前で縮こまる勇真を後ろから覆いかぶさるように抱き寄せて庇う。きつく目を閉じ襲い来るはずの痛みに覚悟したその瞬間。道場で常に響き渡っているはずの乾いた音が聞こえた。

 そう、この音は、竹刀がぶつかり合うときに出る音だ。幾度と無く道場に足を運んでいる自分が聞き間違える筈も無く。薄っすらと目を開けば、襲い掛かってきた悪ガキとつばぜり合いをしている誰かの背中が見えた。見慣れたはずの背格好。一目見れば誰だかすぐにわかった。しかし、トレードマークである筈の靡く黒髪はどこにも有らず。乱雑に切られた自分よりも短い髪に、本当に彼女なのだろうかと一瞬疑いの念が過ぎる。

「おっおま!?……!!」
「っはぁ!!」

 驚きに声を上げた悪ガキ。しかし、突如乱入したその人物に対してよりも、変わり果てた様子に上げられた声のような気がした。そんな悪ガキの隙を突くように、不意に弱まった竹刀を押し返し、体制が崩れた瞬間を見計らって気合の一声と共に、脳天へと一振りを打ち下ろす。

「ぐぁ!!……っづぁ~~~~~」

 バシンと聞くだけで痛みを伴う音に、膝を付く悪ガキは涙を浮かべ声にならない声を上げて頭を押さえている。その様子に、今まで空気同然だった彼の子分達は後方へと後ずさる。その表情は、いかにも不味いといったような雰囲気を醸し出していた。大概、文句を吹っかけてくるのはそこでうずくまっている奴であり、後の奴らはその場の流れを敏感に読み取って態度を変えている。勇真達しかいない時は調子に乗って捲くし立てるが、私がいる場合は案外静かだったり。

 そして今日は、自分達が金魚の糞のように纏わり付いてる筈の親分の彼が、目の前で膝を折っているのだから、逃げ出すのも時間の問題だった。私達を庇っている子が一歩前へとにじり寄っただけ。その些細なアクションだけで、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「あっ!まっ待てよお前ら!!」

 そして、逃げていく子分の後姿に慌てふためきながら、膝を立てた彼も転びそうになる足を動かしながら、その場から急いで逃げていった。

「ふぁ~~~~~~」
「ねーちゃん!!」

 脱力したような力の無い溜息と共に、ぐったりとした様子で肩を落とす。そんなあの子を呆然と見ていた私の腕の中から、勇真はもがきながら抜け出すと、慌てて傍へと寄る。

 あぁ、やっぱり……

 そんな勇真の後に続くように彼女へと近づいて、顔を覗き込む。

「やっぱりあーちゃんだったんだ……」

 私の小さな呟きに、微かに首を縦に振ると、頭を掻きながら照れたように笑う。その仕草に、ハッとあることを思い出して、勢いのまま私はあーちゃんの肩を掴む。

「そっそれより!! その髪どうしたの!? 誰かにやられたの!?」

そう問いただしながら、ガクガクと肩を揺らす。その度に、短く切られた髪先は不安を煽るように小さく揺れて。けれど、相変わらずあーちゃんは照れたように笑うだけ。

「違うよ。昨日約束したんだよ!! これからは僕とねーちゃんでまさねーちゃんを守るって」

 えっへんと胸を張る勇真の言葉に、訳の分からない私は間の抜けた顔をしながら固まる。そんな私の顔を見つめるあーちゃんは、勇真の言葉を次いで話し始める。

「んと、願掛け見たいなもんだよ。 これのお陰でなんか勇気が出たしね」

 ボサボサの髪を軽く摘み上げながらそう言うと、「変かな……」と小首を傾げながら呟く。お世辞にも似合っているとは言えないボサボサの髪。しかし、胸の辺りがじんわりと暖かくなる。不意に込み上げてくる涙を隠すように瞼を擦りながら、満弁の笑みと共に「ううん、似合ってるよ」とあーちゃんに向かって言う。照れたようにお互いを見合わせて笑いあいながら、何とも言えない穏やかな時間が流れていく。

 

 


「でも、これじゃあ、あーちゃんじゃなくてあっ君だね。ちょっと勿体無いなぁ……」

 と、彼女の襟足部分の髪に触れながら呟く私に、あーちゃんは笑みを浮かべながらこう言った。

「それじゃあ、私の変わりにまさちゃんが髪を伸ばして。きっと似合うよ」
「でも、本当に似合うかなぁ」

 髪を長くした自分が想像できず、小さくそう呟いた私に。

「絶対似合う。約束だよ」

 彼女はいつも通りに笑って答えるのだった。

 

 

 

 

 

「ねーちゃん!!ねーちゃん!!」
「どうしたの?」

 隣にいる勇真が青い顔をして、私の後ろを指さしながら叫ぶ。私は不思議に思って後ろを振り返り、そのまま勇真と同じように血の気が引いていくのを感じた。

「朱音~~~~~~~勇真~~~~~~~~」

 そこには右手に長い黒髪を掴み、鬼のような形相の母の姿が。怒気を孕んだオーラをたち上げる母は既に恐怖の対象でしかない。

「電化製品をバラバラにするは、洗面所を髪で詰まらすは……。あんた達にはお仕置きが必要みたいだね」

「ぶっ部品が足りなかったんだよー!!」
「かっ母さん、ごめっ……!!」

 ドスの聞いた声を発しながらにじり寄って来る母から、後ずさる二人は弁明をはかろうとするものの。

「問答無用!!この馬鹿ガキ!!今日という今日は許さないわよ!!」

「ごめんよー!!」
「うわぁぁああああああ!!!」

あっという間に遠ざかっていく二人の背中。脱兎の如く逃げていく二人に、置いてけぼりをくらった私は、また縁側に座りなおして、二人がおばさんに引きずられて帰ってくるまで再び陽気の良い青空を見上げる。いつのまにか、雲がかっていた気持ちが、この空と同じように綺麗に広がったように感じた。

 

 

 


「なぁ、さっきからニヤニヤ笑ってないで知ってるなら教えてくれよ」

 口先を尖らせて文句を言う朱音の顔を見ながら、雅美はまた笑う。


 あれから何年か経って、いつの間にかまさちゃんと愛称で呼ばれなくなり、同じくらいだった背丈はあっ君の方が大きくなった。少し乱暴になった口調と、あの時からずっと短く切り続けられている髪。私はというと、昔のあっ君に比べたらまだ短いけれど、男の子に間違えられることは無くなり、スカートも好んで穿くようになった。昔に比べたら随分とお互い変わったように感じるが、私たちの関係は何一つ変わっていないのだ。


「ん~秘密」


 そう、私達は何も変わっていない……

 


「あぁ、そう言えば……」


 見るに耐えないくらいに変わってしまった子もいるんだっけ……。昔はあんなに可愛かったのに……。

 何かを思い出したのか、呆れたような溜息と苦笑いを零す雅美に、朱音は不思議そうに首を傾げる。そして、緩むことを知らない暑さの中、二人はまた飽きることも無くアルバムに目を向けたのだった。

 


 一方、その頃 鬼宮邸にて……


「ぶぇくっしょん!! う゛~、誰か噂でもしてるのか? はっ、そんな事より、どこで選択肢を間違えたんだ!! いつになっても目当ての子を攻略できないじゃないか!!」

 薄暗い部屋で、唯一光を照らし出している画面を食い入るように見つめる勇真。カチカチと素早い動きでマウスをクリックする姿は異様で仕方が無い。

「いや、待てよ……そういえば、まだこのルートは見てなかったから、後の楽しみが増えるというものか。 グフフ……」

 

ポジティブな考えに邪な笑みを貼り付けるその顔は、幼い頃の彼からは想像も出来ないほど歪んで見えるのは気のせいではないだろう。純真だった彼は何処へと消えたのか……

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1986/10/31
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