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 薄暗い一室。天にある光すら届くのを嫌うその場所に、闇と同化してしまいそうな程黒々としたローブを身に纏った魔術師がその中央に佇んでいる。薄汚れた実験台のようなテーブルを前に、繰り返し行われる実験。赤茶けた染みは何層にもなって台に塗り重なり、拭ったところで取れることはなさそうだった。部屋の中に並べられる器具の数々は、この部屋の唯一の灯り手であるろうそくの光によって、ギラギラと妖しく鈍い反射を繰り返している。


 魔術師がこの部屋に篭って三週間近く。奇しくも、アスガルド女学院襲撃事件と同時期だった。

 実験の音だけが小さく響く中、扉の奥から何者かの足音が響いた。地下へと作られたこの部屋に来るものは少ない。血の気の多い部下でさえ、この部屋に充満する血生臭さに顔を顰める者まで居るくらいだ。用もないのに降りてくる輩など片手で納まってしまう程度。予想した通りの人物ならば、わざわざ実験を続ける手は休ませ丁寧に出迎える必要もない。

 重苦しい鉄扉のすぐ手前で足音は止み、控えめなノックと共にギィと錆びかけた音。

「やぁ、実験の方は順調かい?」

 愛想の良い言葉で問いかける人物に、魔術師はようやくその手を止める。いつも通りの挨拶と、いつも通りの対応。魔術師の手元が止まったことを確認して、ようやく部屋の中へと足を進ませる来訪者。一際大きな音を立てて、扉が閉まったときにはその人物はもうすぐ傍にいた。

「お久しぶりね、実験の方は順調よ。 この部屋のせいか、訪れる者も少ないし」

 ゆっくりと視線を上げながらフードを脱ぎさりながら、訪れた人物に視線を移す。そこには、二十代半ば辺りの青年が愛想の良い笑顔を向けている。肩ほどまで伸びている色素の薄い紫がかった髪質と、金色の瞳はみる者魅了するような光を含んでいた。

「それは、部屋のせいではなくて君のせいだよ。 まぁ、多少なりとも、この部屋の雰囲気も関係はしているだろうけどね」

 苦笑を含んだ笑みと共に、目の前の彼女が来た時のことが思い出される。数人の部下の紹介をしようとした僕の目の前で、自分の直属に当たるはずのその中の一人の頭を吹き飛ばしたのだから。まぁ、不用意に、女性という事も相まってか、いやらしく引き攣らせた顔で彼女に触れようとしたのが、愚かだったのだろう。

 そのせいか、彼女を恐れて下っ端の部下達はここを危険区域とみなして避けている。平然とここに訪れるのは、僕や幹部に当たるものたちだけ。僕のその言葉に、彼女は艶やかな笑みを浮かべていた。

「あぁ、それはそうと……計画は進められそうかい?」

 上の人間への通達義務という事もあり、彼女の報告を本部へと持ち帰らなければならない。と言っても、彼女の計画はこの間に完遂している。後は上部が欲している物を回収するだけなのだが。しかし、どう言う訳か、この間から彼女の機嫌は乏しく良くない。大方例の人物が関係しているのだろうが、今回は別の何かも関与しているようだった。

「えぇ、いつでも決行できるわ。でも……」
「分かってるよ。君の実験も同時進行したいのだろう。だから、あえて急かそうとは思っていないよ。君の実験については、僕も大いに興味を持っているしね。でも、石の効力は持って後二・三回。最低でも、君の研究の為に彼の地へ行くのは一回だけだ。連れて行ける対象の人数も三人まで、よく考えて行動するといい」

 彼女の言葉を待たず、僕はそういい終えるともと来た道を戻るよう踵を返し、再び鉄の扉を潜って更なる混沌とした闇へと進んで帰っていった。

 

 

 

 


「いつまで、私を蚊帳の外にしておくつもりですか?」

 カップを胸の辺りへと止め、もの凄く威圧的な笑顔を目の前の術者に向けながら、レイリスは静かな口調で告げる。対して、標的になっている銀髪の少女は、素知らぬ風に紅茶を啜っているふりを続けている。その証拠に、先ほどからカップに入っている茶色の液体は減る様子も無く、口元に寄せられるたびに小さな波紋をカップの中で描いているのみだった。

「リセリア?」

 もう一押し、という感じにニッコリと笑みを繰り返す。先ほどから続くこの押し問答。

「リ……
「くどい」

 続く呼び声を無視して、すっぱりと言い放つリセリアは、眉間に皴を寄せて明らかに不機嫌さを前面に押し出していた。

「フゥ……どうして、そこまで頭が固いのですか?このやり取りもはや数週間、流石の私でもいい加減飽きてしまいます」

 疲れました、と呟いてから握っていたカップをテーブルへと戻し、もう一度溜息を零すレイリス。むしろ、執拗につついて来るのはレイリス張本人なのだけれど、本人にとっては拒み続けているリセリアが原因なのだと言いたいようだ。

「それはこちらの台詞よ」

 ガチャンと一際大きな音を立てて、カップをソーサーへ戻す、というか叩きつけて、リセリアは募る怒りを堪えるようにこめかみを押さえる。彼女達の修業を始めて、数週間が経った。そして、修業を始めたその日の夜から、この終わらない冷戦は続いているのだ。

「ただ、私も修業に参加させて欲しいと言っているだけじゃないですか」

 普段は見せない拗ねた表情。ブゥっと頬を膨らませるその姿は、年相応に可愛げがあるものだと思う。しかし、言っていることは始末に終えないから厄介なものである。理由はどうあれ、相手はまがりなりにも主人。二人にとってはそんな肩書きだけの関係であれ、一応は従者としての勤めというものがあるのだ。

「ダメよ。貴方もいい加減聞き分けなさい」

 この言葉も、もう何度目だろうか。いい加減諦めてくれれば助かるのだが、相変わらずのじゃじゃ馬姫は聞く耳すら持たないだろう。

「強くなることは、そんなにいけないことですか?リセリアの方こそ聞き分けてください」

 いつになく、食い下がらないレイリスに、今度はリセリアが溜息を零す。

「レイリス、私は貴方を守るためにここに居る。その事を分かっているの? それに、仮に修業に参加したとして貴方はどうしたいの?」
「そんなの聞くまでもなく戦うためです」

 リセリアの問いに、レイリスはきっぱりと答える。レイリスの護衛は、義務であり職務でもある役目。レイリスを守ることは、リセリアにとっては最大の優先事項なのだ。その事を、レイリスは一番理解しているはずなのに、引き下がることは無かった。

「却下」
「リセリアはいけずです。 そんなだから、未だに恋人すら出来ないんですよ!」

「ウルサイワネ」

 向こうがその気なら、こちらも否定を示し続けるだけだ。視線をふいと逸らし、これ以上は無駄なのだとアピールする。すると、レイリスは憤慨した素振りを見せながら嘯いた。

「一人でも多くの戦力が居たほうがいいじゃないですか。いつまたあんな事件が起こるか分からないんでしょう?」
「何を言うのかと思えば、うぬぼれるのも大概にしなさい。貴方程度の実力では大した戦力にもならないわ」

 そんなリセリアの様子を気にも留めず、レイリスは未だ食い下がる。だが、ここは心を鬼にしてでもきつく言っておくべきだと判断したのか、いつにもまして冷たい口調のリセリア。
 あの事件から数週間、特に目立った事件は起きていない。だが、レイリスの言う様に、この妙な平穏過ぎる時間は、リセリアにも嵐の前の静けさのように思えていた。この事件は序章に過ぎないのだと、長い時と戦火を乗り越えてきたリセリアにはある種の予感として伝わってくる。半ば隠居生活を送っているに等しいこの広いようで狭い学院で、彼女と出会った時から決められた出来事のようにして起こった事件。やはり、血は争えないのだろうかと考えると、ふと古い記憶が蘇る。

「……」

 急に黙り込んだリセリアに、レイリスは小首を傾げた。何処か睨むように、柔らかい光沢を放つテーブルをじっと見つめる緑色の瞳は、憂いと哀愁を帯びているかのようにユラユラと揺れていた。
 レイリスすらも知らない、遠い過去へと思いを馳せる時、リセリアは時折こういった表情をするのだ。その時、二人だけの空間だったこの場所が、急に隔てられてしまったかのような、そんな悲しい錯覚をレイリスにもたらす。リセリアが多くを語らないのは、今に始まった事ではないけれど、それでもいつかは話して欲しいと思うことは、我が侭で傲慢なことなのだろうか。

「……レイリス。私は貴方を守る事に最善を尽くしているわ。けれど、貴方がこの先の戦いに対応していくのなら、それは難しくなる」
「では、傷つくのが私でなければいいんですか? 朱音様達なら別にかまわないと、そういうことですか」

 落とした視線をレイリスへと戻して、感情に左右されることもなく、静かに告げるリセリア。その言葉に、レイリスの心中にはモヤモヤとした嫌な渦がうねりを上げて押し寄せてくる。態度や表情では、何処か冷たさを感じさせる節はあるけれど、それでも本質は優しい人であり最も身近な人だ。そんな彼女が、仮にそう思っていたとしたら、怒りよりも悲しみの方がレイリスには大きかった。

「いつものリセリアだったら、修業の手ほどきなんてせずに、戦いから遠ざけるような選択を取ったはずです」

 最後の方は何処か切なそうに、言い終えたレイリスは顔を伏せる。対立的に腰を下ろしているリセリアは、その姿に一瞬眼を細めるとどこかぼうっとした様子で口を開く。

「避けるなんて……無理だと思ったのよ」

 呟きのように小さく、そして彼女には珍しい弱々しい言葉だと思った。

「……どうしてですか」

 その言葉に、レイリスは顔を上げる。言い知れぬ何かを身体で感じ取ったように、静かにリセリアを見つめ問い返す。

「理由なんてない、根拠すらもね。でも、分かるのよ。この先で待つ、近いかも遠いのかも分からない未来には、自分の戦う姿が映る。そして……」
「……」

 彼女が憶測で物を話す人物ではないのを、レイリスは知っている。だからこそ、口を開くこともせず、ただ静かに、次の言葉を待った。言葉を濁したリセリアは、少しだけ眼を伏せたが、すぐに顔を上げて再び言葉を紡いだ。


「彼女の姿が……」


 彼女とは……、と少し考えれば、導き出せる人物は一人しかいなかった。

「朱音様、ですよね……」

 リセリアと朱音には、何処か縁があることを、レイリスは気付いていた。リセリアは、回りくどいなりにも朱音に世話を焼いている。それは、この学院での暮らしを始めてから、リセリアと共にいるレイリスが、自分以外に初めて見せる姿でもあったから。けれど、お互いの接し方は初対面そのものだったことから、確信にまでは至らなかったのだ。

 朱音は確かにリセリアの事を学院に入学するまで知らなかった。しかし、リセリアは朱音の事を知っていたとしたら。これを踏まえて考えれば、今までの暮らしのなかで間接的な付き合いがあったことが窺えるのだ。リセリアが自ら関わろうとする程の縁が。

「彼女は、朱音は私の……」

 気にならないわけではなかった。他でもないリセリアのことだ。けれど、その事を話そうとするリセリアの瞳が酷く哀しそうに見えたから。だから私は……

「ストップですリセリア」

 リセリアの言葉を遮るように、私の口は自然と開く。

「もういいです。リセリアが修業をすると言い出したのは、その戦いが避けられないと分かったからであって、皆さんが傷ついても構わないといった風ではなかった。それが分かればもういいんです。あっ、でも今はですよ。いずれは話してもらいますから」

 人差し指をピッと天井へ向け小さく振りながら、気づいた時には説教じみた声色でそう捲くし立てていた。

「……そうね」

 そんなレイリスの言葉に、リセリアはキョトンとした様子をしていたが、最後は可笑しそうに小さく笑った。そんなリセリアの顔を見て、レイリスも何時ものように微笑んだ。


「そういう事なら、やっぱり尚の事私を修業に参加させてくださいねリセリア」

 次いでとばかりに、レイリスは追撃を新たに申し立てる。

「却下」
「どうしてですかぁ~~~」

 物の見事に、即答で切り返すリセリア。そんな従者の言葉に、駄々っ子のようにそう漏らすレイリス。

「それとこれとは話が違うからよ。いい加減に諦めなさい」

 ピシャリと言い渡すリセリアに、この時は珍しくレイリスからの反論は返ってこない。不思議に思ったリセリアは、怪訝に思うかのように眉を顰めた。


「……リセリア。私は今の生活が好きなんです。勿論、今ままでの生活も好きですよ。でも、朱音様や雅美様が来てから、毎日がもっと楽しくなりました」


 少しの間の静寂の後、レイリスはふんわりと笑いながらそう呟いた。その表情は、とても充実していて、言葉通りに今を満足していることがリセリアには伝わる。

「……少し、意外だったわ。貴方がこの生活をそこまで気に入ってること」

 冷めきってしまった紅茶を口に含むリセリア。当然の如く渋みの効いた紅茶は飲めた物ではなかったけれど、疲れた口には丁度いい刺激だったのかもしれない。今日は、色々と喋りすぎた。

「はい。そして何よりも……リセリアがよく笑うようになりました」

「ブゥッ!!!」

 先ほど以上に嬉しそうに笑うレイリスの台詞に、リセリアは含んでいた紅茶を勢いよく噴出す。何を言うのかと思えば、この天然娘め。と、心の中で小さく毒を吐くリセリアだが。噴出した拍子に紅茶が器官に入ったらしく、苦しそうにゴホゴホと咳き込む姿は、何時もの彼女からは想像も付かない。

「ゴホッ! お前何を、言って……!!」

 ある程度回復してきたのか、慌てて言い払おうとするリセリアに、レイリスは真剣な瞳の色を宿した。


「だから守りたいんです」


 その言葉に、驚きで眼を瞠るリセリアは、言う事も忘れて止まる。その言葉は、その気持ちは、彼女達の中の誰よりも力強く感じた。中途半端な気持ちで言っているわけではないのだと、リセリアに気付かせるほどに、その言葉は強力だった。

「傷を癒すだけでは駄目なんです。守られてばかりでは駄目なんです。背中を送り出すだけなのは嫌なんです」

 荒くもなく、だからと言って弱くもない、声のトーンは普段どおりだけれど、それが余計に、彼女の心の内を表現しているように見える。

 自分の意思と努力で、リセリアは確かに高みへと上り詰めた。その事に後悔はない。敵を打ち倒すためだけの力、それとはまさに対極にあるのが、レイリスが持って生まれた癒しの力だ。その力こそ、リセリアは真に守るための力だと思う。成長すればきっと素晴らしいヒーラー(治癒術師)になれるであろう才を、彼女は持っている。その彼女の手を、先の戦いで汚してしまいたくなかった。だからこそ、彼女の修業入りを拒んできたのだ。

 けれど……

「だから、私にも力をください」

 それは、彼女が決めるべき選択を、私の考えで奪ってしまうという事だった。屈強な意思の篭った瞳と共に、投げかけられた言葉に対して、私は一つ呆れたような笑みを零した。それは、彼女に対してだったのか、自分自身に対してだったのかはわからない。

 彼女がここまで、強く私に対して懇願してきたことは、果たして幾度あっただろう。

 私が覚えている限りでは、このアスガルドの地へと赴くことを決めた時だけだった。

 迷いのない彼女の望みに、これ以上の否定はきっと意味が無い。彼女がなすべき事は自身の力で見つけるだろう。

 ならば、私がなすべきことは……


「……そこまで言うなら、三週間の出遅れくらい何とかして見せなさい」


 我ながら、素直じゃない言葉だと思った。けれど、これでいいのだ。彼女にはこれで十分。私は、再び冷えた紅茶のカップを手に取った。その時に、満弁笑みを浮かべるレイリスの表情が視線の先に映ったが、私は構うこともなく、カップの紅茶を飲み干したのだった。


 
私がなすべきことは

これから強く大きく成長するであろう彼女を

全力で守り通すこと

 

 

 

 

「いやったぁぁあああああああああああああああああ!!!」

 汗と泥で汚れた姿。所々に生傷を負った身体で、元気そうに飛び回る弟子の姿に、溜息を吐くリセリア。片手には、ここ数週間苦戦をし続けていたスフィア。一つ違うところを除けば、透明であった中の液体が青白く発光しているにも関らず、衝撃波を出すことも砕けることもない。そう、朱音が魔力コントロールを覚えた確かな証拠だった。

「朱音」

 少し低い声で呼びかけても、全く耳に入っていないのか、こちらを向く気配すらない。予想以上に時と労力を費やした第一段階。早めに次のステップへと進みたい気持ちと、朱音の出来の悪さが相まってか苛立ちが募る。

「……朱音」

 感情を含んだ声色で呼んでみても、やはり嬉しさで飛び跳ねる弟子は変わらず。プチリと細い何かが頭のどこかで切れる音がしたと共に、出現させた魔方陣から幾本かの鋭い剣が目標へと飛んでいった。

 


数分後……

 草むらの上に体育座りをした弟子たちと、その前に草原に不釣合いな簡易の黒板ボードと共に立っているリセリア。黒板には、白のチョークで第二段階と大きく書かれている。なぜか右下の空いたスペースにはうさぎ。左下にはくまが踊っていた。


「いまから、今後の説明をするわ。……その前に、第一段階習得おめでとう。まぁ、ある一名を除けば、数日足らずでとっくに全員で第二段階に上がれたのだけれど……」

 ジロリと音がしそうな程冷ややかに睨まれた人物は、一瞬ビクリと肩を震わせると、頭の大きなコブを擦りながらきまりが悪いのか頭を垂れた。朱音がスフィアに悪戦苦闘している間、他のメンバーはというと、むらがあった箇所の修正と基礎固めをしていたのだ。

「けれど、過ぎてしまった時間は取り戻せない。今のモチベーションを維持したまま次の段階へと進めていくのが最初の貴方たちが当たる試練。はっきり言って、一段階とは比べ物にならないから、甘く見ないことね」

 そのリセリアの言葉に、弟子達に緊張の色が走る。しかし、誰からも愚痴がもれることがない事から、この数週間である程度は肝が据わってきたという事だろう。

「ここからが本題だけど、第二段階は個々に合った修業をしてもらうわ。まずはスタイル決めから」
「スタイル?」

 リセリアの言葉に疑問符を浮かべる朱音。リセリアはそんな朱音の様子に、もう慣れたというように説明を続ける。

「簡潔に言えば、前衛か後衛のどれかに当てはまった戦闘スタイルを決めて、スキルと能力に磨きをかけるのが第二段階。といっても、前衛と後衛の中でもいくつかの分別があるけれど、それは後で説明するわ。贅沢を言ってしまえば、前後オールマイティにこなせれば文句はないのだけれど、今の貴方たちにそれを求めるのは酷と言うより奇跡でもない限り無理ね。でも、この修業が成功すれば、貴方たちの力量は飛躍的に上がるはずよ」

 カリカリと音を立てながら、チョークを使って黒板に必要事項をまとめていくリセリア。そのリセリアの後姿を見つめながら、唸ったような声を出す朱音。他のメンバーも必死に頭を捻らせている。

「ん~、難しいなぁ。自分にあったスタイルかぁ」
「確かに、そう言われると自分に適した戦闘方法って思い浮ばないよね。今まで、そんなに意識して戦ったことなんてないし」

 腕を組み首を傾げる朱音の言葉に、隣に座っている雅美も口元に人差し指を当てながら考える。戦闘らしい戦闘など殆ど経験したことがない雅美にとっては、そう簡単に答えが出てくる筈もない。

 そんな弟子たちの様子に、リセリアは一つ溜息を付いて手を止めると、黒板から向き直り助け舟を出す。

「戦闘スタイルというのは、使えるスキル。または武器などを参考にして考えるのが基本ね。あと、考慮する材料があるとするなら性格。例えば朱音。貴方は考えるまでもなく前衛型。大体、魔術もろくに使えないのだから、前線に出て皆の盾になるぐらいしか役に立たないという事を自覚しなさい」
「……やけに胸に刺さるお言葉です師匠」

 リセリアのストレートな言葉に、ガックリと肩を落とす朱音の目には涙が小さく光っていた。そんな、朱音の肩を、無言で労わるように叩く雅美。

「本当のことなのだから、潔く受け止めなさい。まぁ、でも貴方が思っているよりずっと重要な役割なのよ。チームで戦うとしたら、基本的な火力は前衛型が担うことになる。直情的な上に猪突猛進な貴方にはピッタリよ。それに、前衛型の要は瞬間的な攻撃と防御。この二つも貴方の相性にあっている。特に後者は必要不可欠ね。その身で後衛にまわっている仲間を守りつつ、敵の注意をひきつける。そして、その隙を狙って、後衛型の高魔術で敵を打ち倒す」
「あっ君無駄に頑丈だし、確かにピッタリかも」

 妙な具合に納得している雅美。必要な役割というのは理解できる朱音だが、きっと自分の事を、壁か何かと思っているに違いないと、朱音は心の奥底でひっそりと仲間に非難の言葉を浴びせた。

 

 

 その後、リセリアの棘のある助言を交えながら皆で議論という名の口論をしつつ、ポジションと修業の進め方についての話し合いが行われ。前者はそう時間もかからずに決定した。少数編成のチームを作る場合は、先陣を切る重装と近接する敵を狩る火力を主とした前衛を二名と、敵の足止めと支援、高火力による殲滅を重視した後衛を四名選出するのがベスト。ということで、前衛は朱音とアリア、後衛は雅美とミリア、ロザリィとレイリス。

 アリアは、どちらかと言えば魔術より体術を主とした戦い方のほうが気が楽という本人談もあり、アッサリと前衛のポジションを獲得し。その事に対して、リセリアも口を挟まなかったことから、納得のいく判断と見てよさそうだった。

 次は、後衛にまわった四人だが、ロザリィはチーム中高い等級魔術を扱える事と武器が弓など、敵の牽制と掃討を効率よくこなす事が出来るのが決め手となった。雅美は、符術の攻撃範囲と式の使い分けが可能なことが評価され、ミリアは即応性の高い水系統の魔術で、味方のアシストの役割に抜擢。レイリスは、治癒魔術と支援でのケアや障壁などの全体的防護の役割を与えられた。

 ポジション決めも納得のいく結果として収まりを見せ、チームという枠に囲われたことで一層信頼感も増えたと思う。問題はここからだった。

「分担を決めた所で、諸所の説明と簡単なアドバイスをしていくわ。一度しか言わないから、しっかりと心に留めておきなさい」

 早々に纏め上げると、リセリアは一層厳しく瞳を光らせながら、一人ひとりの顔を見回す。修業を始めてから約三週間、それなりに成長はしたが、まだ半人前にもなってはいない卵同然。先ずは、卵の殻を破る程度の口ばしは備えてもらわなければ困る。

 魔物の襲撃と侵入者の痕跡、決め手は魔物の強化改造。サンプルとして戦闘を記録しているのであれば、計測の違いを減らすために、極力同じ相手と組ます筈。そう考えれば、あの時戦闘に参加したのはリセリアと朱音である。二人に何らかのアクシデントが起こるとすれば、周囲にも危害が及ぶの必至だ。個々のスキルアップと同時に、チーム編成を優先したのは、今後に起こりえる戦闘での連携プレイを重要視するためだ。

「先ずは朱音。貴方は、先陣を切っての敵への強襲、足止めなど、期待される前衛能力の全般を担って貰うことになるわ。その為に、今以上の近接戦闘を身につけてもらう。強化にあたるのは、主に攻撃面とそれ以上に防御。近接での格闘がメインとなるでしょうから、かなりのタフさが重要となってくるわね。ライトアーマー程度の防具は本来必須なのだけれど、緊急時の場合も兼ねて魔術使った肉体強化の魔力付与を覚えてもらうわ。それと、そのスポンジ頭に知識のちの字くらいは詰め込みなさい」

「おっ、おう……」

 幾らか噛み砕いて説明をしたつもりだが、相手が朱音という事もあって些か不安が残るリセリア。果たして分かっているのかいないのか。朱音はというと、最後に言われた言葉が軽く心に刺さっているようだ。

「次はアリアね。正直に言えば、あまり近接格闘において秀でているとは言えないけれど、バランスの良さからくる安定感と好戦的な性格が適している。基本的には、朱音と強化するところは変わらないのだけれど、朱音よりは魔術的素養はある。少し強力な攻撃魔術を覚えて、格闘面のカバーをしていくのが今後の修業目標ね。戦闘時の役割は、朱音が足止めした敵、後衛の攻撃によってダウンした敵の殲滅。けれど、これには共に前衛を務める仲間との連携、意思疎通といった具合のコミュニケーションが求められてくる。残念ながら、前衛のパートナーである朱音とは特に意思疎通が取れていないようだから、早期改善が望ましいわね」

「ちょっと、あんたのせいで怒られたわよ」
「……お前、人の話聞いてたか?」

 リセリアの説教臭いアドバイスに、不機嫌そうに眉間に皴を寄せるアリアは、やはり朱音に向かって毒を吐く。そんなアリアに、朱音はプックリと湧き上がる怒りを抑えながら、アリア同様顔を顰めてそう答えた。その瞬間、アリアが朱音に飛び掛るのは誰にでも予想でき、リセリアは一つ呆れたように溜息を付くと、後ろでギャーギャーと言い争う二人を無視して説明を再開するのであった。

「ロザリィ、貴方の主な役目は、魔術強化を施した弓での援護攻撃と敵前衛の足止め、もしくはダウンさせた相手への高等級魔術使用。雑魚が多い場合は群れの中に魔術を打ち込んでの一掃も役目になってくるわ。全体的な火力は殆ど貴方が決め手となるから、このチーム内では最も早くに三等級魔術を覚えてもらうことになりそうね。そして、小隊での司令塔もこなしてもらう。平たく言えば、チームリーダーね」

「私がチームリーダーでいいんですか?リセリアさんの方が適任かと思いますが……」
「チーム編成はあくまで私抜きで作ってある。私が加入する場合以外はすべて貴方の指揮に任せるわ。今までの訓練成果と個人の性格を考えて、適任者はまず貴方でしょうから。メンタル面でも多少余裕もあるでしょうし」

 どこまでも淡白な二人の会話、二人をあまり知らない者からみれば、仲違いでもしているのかと思ってしまうだろう。しかし、二人の会話は普段からこんなものであり、逆に二人が大笑いしながら会話をしている方が驚く者が多い筈だ。

 ロザリィも、リセリアほどではないが、歳よりもいくらか達観している部分があるため、確かに彼女以上にリーダーに向いているものは居ないだろう。

「けれど、成長過程という事もあって未熟な部分も多いことも確か。その部分を補うのに、レイリスと雅美。貴方たち二人には、緊急時及び、ロザリィ不在時にはリーダー代理を勤めてもらうわ」

「私と雅美様が?」
「えぇ」

 リセリアの言葉に、レイリスと雅美は顔を見合わせる。何故自分たちが?といった心境がありありとお互いの顔に浮かんでいるのが目に取れた。

「それは全然構わないけど、私はレイリスと違って特殊な魔術も使えないわよ。ロザリィみたいに高位の等級攻撃魔術なんてのも一つも使えないし」

 基礎は覚え始めたものの、実践的に役に立ちそうな魔術はゼロというスペックを気にしているのか、若干気落ちしながら答える雅美。

「何か勘違いをしているようだけど、指揮官に必要なのは優れた状況把握能力と状況に合わせて即座に対応出来る柔軟さよ。それに能力面でも魔術に拘る必要は無いわ。貴方には、このチーム内で唯一貴方だけが仕える特異的な能力があるじゃない。扱える者も少なく、知り得る者も少ない。敵には未知の力となり、畏怖の対象ともなるわ。そして、符術という独特かつ比較的簡易に扱うことが出来る式の存在。チーム内で明らかに不足している後衛防御、バックガードもその力があれば容易に補うことが出来る。全体の支援と共に、チームの要にもなりえるわ。まぁ、多少荒削りかつ、ある意味直情的な性格も修正すべき点だけれど……」

「いちいち棘があるのよね……」
「何か言った?」

「……いえ、何も」

 小さく愚痴る雅美に、リセリアはどこか威圧的様子で切り返す。そんなリセリアに、数秒の間を空けて極上の笑顔で話題を逸らす雅美。お互いの背中に一瞬の獅子が宿っていたのは気のせいだと信じたい。

「そして……レイリス。仲間の支援が役割の大半を占めているとはいえ、制圧と迎撃も怠らないように。必須事項は、実戦に使える程度の魔術習得。主に射程距離が長い風・雷・光といった属性の魔術が望ましいわね。それなりの威力は確かに求められるけど、コントロールはそれ以上に大切よ。近接戦闘は出来うる限り回避して、遠距離での攻撃に専念すると共に、仲間のコンディションにも気を配る形で注意しなさい。それと、厳しいけど今の貴女は出遅れたこともあって能力的にかなり劣っていることを自覚しなさい。基礎訓練を怠った時点でメンバーから外れてもらうわ」
「はい!」

 修業に参加できることが余程嬉しいのか、リセリアの厳しい言葉にもニッコリと笑みを浮かべて、何時もより活気付いた返事をするレイリス。そんなレイリスの様子に、少し呆れた様に小さく笑みを零すリセリア。

 

「おぉ、レイリスも今日から修業に参加すんのか。分からないことがあったら私がフォローするぞ」
「寝言は寝て言いなさい雑魚。大体、魔術もろくに使えない体力馬鹿の貴様とレイリスとでは、根本からのキャリアが違うのよ」

 レイリスに視線を合わせてそう言うと、白い歯を見せてニッと笑う朱音。しかし、そんな朱音の言葉に冷笑を携えながら、リセリアははっきりと言い捨てる。朱音的には、ほんの冗談で言ったつもりが、倍返しになって先ほどの比ではない不可視の剣が心の奥底に突き刺さった。

「……すんません。調子に乗りました」

 ガクッと膝をその場で折りながら、さめざめと小さく泣く朱音。そしてまた、無言で朱音の肩を叩く雅美と、それを見守る三人は苦笑いを零していた。その行動が、朱音の哀感を更に深めるのだった。

「やーい、ザーコ!ザーコォ!!」

 そして、後ろでさらに追い討ちを掛けるアリア。その姿は、野次を飛ばす親父そのもので、今度は、朱音がアリアへと飛び掛ったのも言うまでもない。


「あの馬鹿達は、人の話を聞いているのか……」
「あーあの二人はいつもの事じゃないっ!ね?」
「そっそうですよ、リセリアさん。あの二人のことなんですから」


 こめかみの辺りにビキビキっと青筋を作るリセリアに、慌てて宥めに入る雅美とロザリィ。なにせ、取っ組み合いの喧嘩をする二人の周囲に、数個の魔方陣が浮かび上がっていたのだから。

「そうね。馬鹿は放っておいて、説明に戻りましょうか。最後は、ミリア……」
「はっはい……」

 怒りを緩和させるように、軽くこめかみ部分を指で押さえつけ、ミリアへと視線を移す。そこには、緊張しているのかぎこちない表情で固まっているミリアの姿が。

「肩の力を抜きなさい。今からそんな状態では、最後まで持たないわよ」
「はっはい!?」

 力を抜くよう促すが、余計に固まってしまうミリアに、リセリアは困ったような呆れたような、なんとも複雑な溜息零した。

「貴方の役目は、前衛の支援と強襲の二つ。前衛が敵を引き付けている間の高位魔術の発動と、足止めを最優先に考えなさい。足止めにおいては、水魔術との相性がいい事はプラスね。方向を絞って特訓すれば、かなりの成長を見込めるはずよ。不安要素は、生来からの気の弱さからくる集中力の乱れだけれど、これは後の特訓で私が鍛えなおす。期待しているから精進なさい」

「はっはい!!」

 グッと、胸の前で拳を握りなおすミリアに、リセリアは一瞬優しげに目を細めると、周囲の面々へと視線を落とした。

 

「さあ、ポジションも決まった事だし、早速修業に入るわよ。先ずは、前衛・後衛共々十キロのマラソンから」

 パンと手を叩き合わせて静止を掛け、本題へと移るリセリア。

「……マラソン?」
「えぇ、マラソンよ。とりあえず、森には入らずにその周りを走ること。分かったら、早く走りに行きなさい」

 朱音の呟きに、リセリアはサラリと答えると、追い払うようにシッシッと手で合図をする。若干の疑問と不満を残しつつ、朱音はその手に促されるように、渋々といった具合に走り出す。そして、その後に続くように他のメンバーも後に続いていく。

 第二段階がまさかマラソンとは思いもしなかった皆は、拍子抜けしつつも、完走を目指すのであった。そんな彼女達の後姿を、薄笑いを浮かべるリセリア。

 しかし、これが地獄の特訓のほんの始まりであることを、彼女たちはすぐ知ることとなる。
 

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