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「のぉぉおおおおおおおお!!!」

 先程から地を引きずるように吹き飛ばされ、その度に手の内にあったスフィアは跡形も無く粉砕していく。そして、意固地になってまた、渡された袋から犠牲となるスフィアを取り出す事を、先ほどから延々と繰り返す朱音。その様子に、大樹の木陰で身体を休めている雅美たちから小さな溜息が漏れた。リプレイ動画を延々と見ているようにも思える場景は、朱音の修業が思うように捗っていない事を表している。

 

「見ているこっちが疲れるわね」

 眠たげに目尻を落としたアリアが、再び溜息混じりにそう呟くと、人知れず伝染するかのようにどこからか誰かの溜息が漏れる。

「ねぇ?アドバイスくらいしてあげられないの?」

 これ以上は見るに耐えないといった具合に、リセリアに視線を移す雅美に、相も変わらずポーカーフェイスのリセリアは、無機質なスフィアに繰り返し吹き飛ばされる朱音をただじっと見ている。そのリセリアの姿に、雅美はどこか諦めたように視線を地へと落とすと同時に、リセリアは口を開く。

「この特訓は誰かに教えてもらうものではないわ。下手にコントロールの仕方を教えれば、それは自分にあった波長とはかけ離れて違うもの。自身の魔力に見合ったコントロールは、誰にでもなく自分の身体で掴むことが、この先の修業でも必要不可欠なものになる。それに、最初よりは幾分かマシになったでしょ」

 その言葉に、雅美は視線を上げるが、目の前の光景が変わったようにはとても思えない。疑問符を浮かべている彼女達に、リセリアは手の内のスフィアを軽く転がしながら説明を続ける。

「飛ばされる距離が少しずつだけれど短くなっている。それだけでも、修業の過程では進歩しているという事にはなる」

 感情の起伏を感じさせない口調で語るリセリアに、ロザリィとミリアは納得したように呟くが、雅美はどこか不満そうに口を尖らせた。

「それにしても、あいつほんとに下手くそなのね」

「ムガッ!!」

 アリアがそう呟くと、朱音はタイミングよく吹き飛ばされる。その度に、スフィアから暴発する衝撃波によって起こる風圧が、アリア達には心地のよいそよ風になって通り過ぎていく。

「一体出来るようになるまでどれくらいかかるのよ」

変わらない場景に訝しげに目を細めて言うアリアに、リセリアはひとつ呆れたように溜息をつく。

「貴方たちは、一体誰と比べて評価しているのかしら?」
「誰をって、それは……」

 リセリアの言葉に、アリアの視線はもう一人の編入生に向かうわけで。その様子に、リセリアは再び小さな溜息を漏らし口を開いた。

「そもそも、比較する相手を間違えているのよ」
「でも……雅美さんは魔術のカルチャーを受けていたとは言え、実地の魔術行使の経験は朱音さんと同等。そう変わらないと思うのですが」

 リセリアのその言葉に、アリアではなく今まで静観していたロザリィが答える。あくまで、魔力行使での経験の差はないはずと訴えているのだろう。すると、リセリアは視線を雅美へと移す。

「雅美。貴方、使い魔は扱えるの?」
「使い魔?それって、式神のこと?」

 不意の頭上からの声に、雅美は見上げるように斜め後ろ、リセリアのほうへと顔を上げる。聞きなれない言葉だが、知らないわけではないのか、自分が最も知る言葉に置き換えて逆に聞き返した。

「えぇ、あと召喚後のリミットタイムも教えてもらえるかしら」
「んー……戦闘用の式神はせいぜい十五分位かしら、雑用の駒として使うのならそれなりに長く持つわ。媒体なしでは扱えないけど」

 少し考えながら答える雅美に、リセリアはそうと小さく呟いた。その顔はどこか満足そうで、しかし雅美は良からぬ事でも考えているのではないかと疑心の念が浮かぶ。そんな二人の会話についていけないのか、アリアが割り込むのは直ぐの事。

「二人で納得しちゃってないで、私たちに分かるように話してくれない。そのシキガミ?ってなんなのよ?」

 魔術の知識はあっても、陰陽術に関しては全く持って知識を有していないのか、アリアも含めて三人は疑問符を浮かべている。レイリスは相変わらずニコニコ笑っているため、その心情は掴めずといった具合。

「陰陽師が行使する術の一つよ。符、式札とも呼ばれているものに己の力を分け、異形の者を召還する術。主の思いのままに行動し主を守る、それが式神。呪詛や妖術などを扱う鬼神とも言われているけど、術師の意思で自在に姿を変えることも出来る、と聞くわね」

 流石は知識の泉といった所か、専門外の知識にも長けていると感心を示す一方、ある種別の興味と疑心が湧く。いや、一層強まったというべきか。雅美はその疑問がついと口から滑り出そうとするが、キュッと唇を結びなおし押しとどめる。そんな雅美の様子を横目に、リセリアは見透かしたように言葉を漏らす。

「何か言いたそうな顔をしているわね」

 リセリアのその言葉に、ドキリと心臓が跳ねる。言葉に出していたのだろうかと慌てて口元を押さえる雅美。幾ばくの時、時間にしては数秒、どこか観念したように雅美は喉まで出掛かっていた言葉を吐き出した。

「……リセリア、貴方って何者なの?」

 遠慮気味に投げかけられた言葉に、その場の空気に緊張が走る。誰からも出されることの無かった問い。リセリアの人柄ゆえか、どこか人を寄せ付けない雰囲気のせいか、誰からも聞かれることが無かった言葉。他の者のプライベートを聞き出すことが、果たしていい事なのかという考えもあるが、諦め放棄したきっかけを再び雅美の手に握らせたのは他でもないリセリア自身だ。第三者であるロザリィ達ですら、止めるか否か迷った表情を浮かべるが、それよりもその答えの方に大きな関心が向けられている。

「何者か、か……」

 しかし、当の本人は至って表情を崩すことも無く、ましてや不快に感じることも無いのか、独り言のように呟いた。その時、リセリアを映していた視界の隅に、いつもでは考えられないほど不安気に目尻を下げるレイリスの姿に一瞬意識を奪われる雅美。一瞬の沈黙が場を支配した後、雅美が再びリセリアに視線を向けると、鋭い緑色の瞳を何時もより少し和らげたリセリアの姿があった。

「私は私、それ以上でも以下でもない。……でも、少なくとも貴方が勘ぐるような輩ではないわ」

 安心しなさい、といったように緩められる口元に、雅美は急に気恥ずかしくなり、朱音のほうへと視線を逸らす。不思議なことに、先程まで渦巻いていた何かが、綻びが取れるかのようにスーっと消えていくのを感じる。何時もと違う優しげな口調がそう思わせたのか、それとも違う何かが作用したのかは定かではないけれど。そんな雅美の傍らで、更に疑問を強くしている三人組も居たが、それ以上の言わず聞かずの雰囲気を感じ取ったのか、話題は自然に元の場所へと帰っていく。

「あの、それで先程の話なんですが……」


ロザリィは歯切れ悪くそう切り出す。水を差すという言葉通りと言うわけではないが、別の話題に切り替えるのは少々の申し訳なさがあったようだ。

「同じ編入生だからということで、雅美と比較するのは些か酷という事よ。貴方たちは、雅美の事を魔力行使の経験不足者と思っている様だけど、魔術も陰陽術も根本を探れば似通っている点が数多くあるわ。生まれた国と使い方は違うにしても、力の扱い方は似たようなもの。根本の力を魔術と陰陽術という二つに派生したと考えれば、言わば兄弟のようなものと考えても間違いではないでしょう」

 気にした風もなく、リセリアはふむと言葉を漏らすと、淡々とした口調で答え始める。あくまで自論であるが、と付け加えられたが、リセリアが話すと正論に聞こえてくる。

「と、いう事は?」

 その言葉に、いまいち把握出来ていないのか、アリアは少し考える仕草を見せると、更なる簡潔的な答えを要求する。

「……六道雅美は、十分に経験者という事よ」

 一つ溜息を零すとリセリアは、どこか疲れたようにそれだけ言う。何となく、どこか卑下したような言い方に、怒りの芽がプックリと盛り上がるものの、アリアは不機嫌そうに膨れっ面をするだけだった。

 幾ばくの沈黙の後、おずおずと割って入るレイリスの言葉で。少しの間頭の片隅に追いやられていた人物の存在を私達は思い出す。

「あの、お話中で大変申し上げにくいんですが。……そろそろ助けてあげたほうがよろしいんじゃないかと」


 人差し指で指される方向に目を向けた私達の俄然には、魔力を使い果たしたせいか、青白い顔をした鬼宮朱音が地面に転がっているのであった。

 

 

 

 薄い光が視界一杯に広がっていく。まどろむ思考がだんだんと押し上げられるように、外へと出ようとするそんな感覚。

「ん……んぅ……」

 重い瞼を開こうとするが、届く光が痛くて遮るように手を翳した。程よく馴染む頃合に、退かした手の先には緑の葉が幾重に重なって見え、ようやく戻りかけた思考が木の根元にいるのだと実感させた。軽く頭を動かすと、寝心地が決していいとは言えない固めの枕が、ガサリと音を立てた。

「バック……」

 上半身を気だるげに起こしながら、朱音は枕になっていたものを掴むとポツリとそれだけ零す。手元にあるのは、リセリアが持ってきていた濃いグリーン生地で出来たリュックサックだった。パスパスと軽く叩いてみると、生地の下にある硬い感触が手に伝わってくる。そういえばと、修業の中レイリスが魔術道具の一式をこのバックに押し込んでいたのを思い出す。金属やらガラス玉のような硬いものばかりが入っていれば、寝心地が悪いのも頷ける。

 まぁ、しかし……

「敷いてくれただけマシか……」

 出来ればやわらかい布あたりがベストだけど、気絶した身では文句は言えない。起きがけとはいえ思い出されるあの瞬間、力尽きて地面へと近づく視線と低くなる景色。情けないと思いつつ、朱音はポリポリと頬を掻く。

 そんな朱音にふと降りる影が一つ。視線を上げれば、光を背にしたアリアが不機嫌そうな、いや呆れたような顔つきで自分を見下ろしている。手には桶と言うかバケツが抱えられていて、少しの動きで水音を立てていた。

「やっと起きたわね。昼食の準備くらい手伝いなさい。働かざるもの食うべからずよ」

 アリアはそれだけ言うと、小走りにその場を後にする。その後姿をぼぅと見つめながら、もし、この時、私が木陰でうたた寝を続けていたのなら、アリアは手の内のバケツを私に向かってひっくり返していたのだろうかと考える朱音。ひっくり返すどころではなく、きっとバケツごと頭に被せていたに違いない。そう思うと、寝心地の悪い枕でよかったような気もする。

 軽く辺りを見回すと、天下の中昼食の準備に勤しむ彼女たちの姿が見えた。自然と腰を浮かせながら、朱音は彼女達の元へと歩み寄る。彼女たちが働いている時に、自分だけ木陰の下に身を休めている事は出来ない。

「あぁ、朱音様。お加減はもうよろしいですか」

 簡易の鍋を運んでいるレイリスが朱音の姿を見つけて、ニッコリと笑みを浮かべた。労りが含まれるその言葉に、朱音は口の端を少し緩ませて、「うん、もう大丈夫」と腕を軽く回しながら答える。

「一時間三十分弱……随分幸せそうに寝こけていたわね」
「うっ……」

 まな板と包丁の軽快なリズムが刻まれる中、冷めた声色が響く。その言葉と肌で感じる空気に、朱音の身体はブルリと一瞬震えると、そのまま身を凍らせたように固まってしまう。

 壊れた機械仕掛けのロボットのように、ぎこちない動きで声のした方に顔を向ければ、採れたての新鮮な幸達を切りそろえるリセリアの姿が映る。

(蛇に睨まれた蛙……というのかしらね)

硬直して動かず乾いた苦笑いを浮かべる朱音を軽くひと睨みするリセリアは、ふとそんな事を思う。

「火を焚くための枝が足りないの。取ってきてもらえるかしら?」
「はっはい! 行って参ります!!」

 いい加減可哀想だと思ったのか、リセリアは一つ溜息を零すと、近隣の森に目線を移しながら呟く。その瞬間目の前の弟子は慌てふためいた敬礼と共に弾けたバネの如く、一目散に森へと駆けていった。その後姿に、微かな苦笑を浮かべるリセリア。

「まったく、出来の悪い娘を持った気分だわ」

 小さな従者の独り言に、鍋を持ったレイリスも見えない程度の笑みを作っていた。
 

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1986/10/31
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