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 早朝、と言う訳ではないが、約束の時刻である八時より幾分か早い寮の門前。手入れの行き届いた庭に生える木々達の葉には、透明な光る雫が陽光に照らされ煌いている。そして、少し肌寒い外気のお陰か、睡魔が再度襲ってくる心配はない。いや、外気だけではなく、人為的に作られるその場に流れる雰囲気も若干凍っているせいでもあるが。


「で、何故貴方たちがいるのかしら?」

 予想はしていたとはいえ、やはり納得いくかと言われれば、納得出来ないのが人というものである。清々しい朝の雰囲気を一瞬にして灰に出来る程、負のオーラを纏ったリセリアは、腕組をしながら目の前の少女たちを見据え、不機嫌そうに言い放つ。リセリアとて鬼ではないのだから、理由がなければここまであからさまな態度を出すことはないだろう。隣に居るレイリスは、リセリアの不機嫌ぶりにただただ困ったような笑顔を見せていた。

「いや……これはその……」

 呼ばれていた朱音がそこまで狼狽する必要はないのだが、自分の他にここにきている者たちが他人というわけでないので、何となく自分まで攻められているような錯覚を起こすのは仕方がないのかもしれない。

「見張るためよ。あっ君は無茶しすぎるから」

 悪びれもせず、何時もの強気な態度でそう言うのは朱音のお目付け役でもあり従姉の雅美。勿論、彼女はリセリアに呼ばれていない。

「生徒会長としてですが」
「私はそいつのやられている姿を笑い……副会長としてよ」
「えっと……あの……」

 社交的な笑みを浮かべながら、サラリと生徒会長としての権限を乱用するロザリィと、限りなくどうしようもない理由を言いかけたアリアに、オロオロと慌てふためいていて言葉に出来ないミリア。勿論、彼女たちもリセリアに呼ばれてはいない。

「貴方たちを呼んだ覚えはないわ。邪魔になるだけよ、早々に帰りなさい」

 怒りを抑えるかのように、リセリアは瞳を閉じ小さく口を開いた。


「……邪魔にならないようにするし、貴方の意向にも極力逆らわない。私だって自分の修業の場がなくなるのは困るしね」


「……は?」


 普通に言ってのける雅美の言葉に、リセリアの眉がピクリと吊り上がる。そして、一瞬の間が空いて言葉の矛盾に気付いた朱音は、訳が分からないといったようにクルリと視線を雅美に向けて言葉を漏らす。


「はぁぁあああああああああ!?」


 更に幾ばくかの時を要し、その言葉の内容を理解した瞬間、驚愕の表情で固まったまま悲鳴に近い驚きの声を上げる朱音。その声に反応してか、生い茂る庭の木々たちに止まっていた鳥達が、羽音を響かせながら一斉に空へと飛び立っていくのであった。


「待て待て待て待て!! ちょっと待て!!!」

 てっきり見送りに来てくれた物だと思っていた朱音は、怒りよりも焦りに満ちた表情のまま、声を荒げてそう言い、朱音の両手は忙しなく慌てふためいているように宙を掻く。そんな朱音の顔を、何よ?と怪訝そうな顔で見た雅美は、興味なさ気にまたリセリアへと視線を移す。

「無視するな!! 聞いてないぞ!!」
「だって言ってないもの」

 今にも掴みかからん勢いで、雅美に問う朱音の言葉を、しれっと返す雅美。確かに言ってなければ、知るはずもないのだが、怒りを抑えることが出来ないのは何故であろう。一つ原因があるとすれば、今目の前で踏ん反り返ったような態度で、心底うざそうに人の言葉を聞き流しているこの女のせいであると考えられる。

(~~~~~っ!! 落ち着け、落ち着くんだ朱音。ここでこいつのペースに巻き込まれたら、いつものパターンと同じになってしまう……)

「くっ……、まぁ、それはいいとしてだ。雅美、修行って言うのは、そんな簡単な気持ちで乗り切れるものじゃないんだ。ロザリィ達からも言ってやってくれよ」

 しかし結局は人に頼る朱音。自分では雅美を説得する事が困難と悟って、仲間を増やす作戦に出たのだった。常識人のロザリィやミリアならば、きっと同じように説得してくれるはず。

「そう言われましても、私たちも一緒に魔術の特訓をするつもりなので……」

 作戦失敗。作戦が決行される前からあえなく砕け散る。それも常識人と見込んでいたロザリィの苦笑いと言葉によって。

(……ん?たちって何だたちって……)

「おぉぉおおおおおい!!」

 のおぉぉおおと小さく唸りながら、頭を抱える朱音。気のせいか頭痛まで感じる。何で、こんな私以上にやる気満々なやつばっかりなんだ?それ以前にその事も聞いてないんですけど!!まさか今は流行の悪循環的ないじめというやつか!? 

 グルグルとわけの分からない思考が頭をもたげ、修行が始まってもいないのに自身の活力が削り倒されていくような錯覚を覚える朱音。

「……そっそんな事私は聞いてないぞ。いつ決めたんだよ」

 こめかみに軽く手を添えながら、辛うじてそう言うと、朱音は軽く目の前にいる彼女たちを叱るように睨み付ける。しかし、そんな脅しが通用するような胆の小さい連中ではないため、軽く流されて終わるのもなんとなく予想が付いた。

「いつ決めたって、あっ君を起こしに行って支度するのを待っている時よ」
「はい。まさか皆同じようなことを考えているとは思いませんでしたけど」
「っていうか、あんだけ大っぴらに話しているのに、気づかないあんたの頭がおかしいんじゃないの?」
「しっ、支度に一生懸命だったんだよ姉さん」

 至って悪びれもせず答える彼女たちに、いよいよもって頭の痛みが確かなものへと変わっていく朱音。自然と溜息が口から漏れる。そう言えば、支度が一番遅い自分を待っているときに、彼女たちが居る寝室がやけに騒がしかったのを思い出す。対して気にすることもなく、洗面所で着替えていた自分が憎らしい。

「まあ、一番驚いたのは最初に言い出したのがミリアだって事よね」
「アレにはお姉ちゃんも流石にビックリしたわ」

 雅美の言葉に、アリアは同感といった感じで腕組みをしながらウンウンと頷く。その会話に、朱音も驚いたように目を丸くする。ミリアと言ったらおとなしくて消極的で、このメンバーの中で稀に見る人徳と道徳を兼ね揃えている人物だ。そのミリアから、危険としか言いようのない道を選んだという事実はにわかに信じられない。

 口をあんぐりと開けて固まっていた朱音は、離れかけた意識を急いで引き戻し、慌てて口を開く。

「とっとにかく!! 遊びじゃないんだぞ!!」

「そんな事は分かっているわよ。大体、あっ君一人が強くなっても対して意味なんてないじゃないの。考えてもみなさいよ、この学園で過ごすに当たって、殆どの時間私たちと過ごすようなものでしょ。流石にトイレも寝るのも一緒なんて事はないけど。だからあっ君一人が強くなったとしても、一緒にいる私たちが足引っ張っていたら意味ないし、あっ君だってそんな短期間で急激に強くなるなんて出来ないことくらいわかるでしょうが。昨日みたいに、リセリアが居てくれればフォローもしてくれるし心配ないけど、事件が起こるたびにいてくれるとは限らないし。事件が複数の場所で多発したらどうするの?戦力は多いほうが言いに決まっている。それに、私たちだって自分を守る程度の力は身に付けておいて損はないわ!!」

 どこか繕ったように言う朱音の言葉も空しく、力強く一歩踏み出た雅美は容赦なく正論という言葉の弾丸を連射してくる。そう言われたら、言い返すことも出来ない朱音は、ぐぅっと小さく唸るとただ肩を落として黙ることしか出来ない。そんな雅美の力説に、一歩後方にいるロザリィ達三人は、感心したようにパチパチと手を揃えて拍手していた。

「リセリア~」

 力なく項垂れていた朱音は、クルリと振り返ると最後の頼みの綱であるリセリアに助けを乞うように呼びかける。

「……仕方がないわね」

 その言葉と共に、頼みの綱は朱音の目の前で容易く引き千切れる。幾らなんでもアッサリと承諾しすぎだろ~と呟きながら、ガックリと肩を落とし敗北を露にする朱音と、ハイタッチをして喜び合う雅美たち。しかし、そんな彼女たちを見ながら、ニヤリと意地悪そうに笑うリセリアは、言葉を続けた。

「まぁ、喜びなさい朱音。考え方によっては、これで修業のバリエーションも増えると言うものよ」

 どうやら、朱音と雅美たちが言い争いをしている最中、リセリアは色々と考えていたらしい。しかし、あの笑みから察するに朱音にとっては決して良い事ではないだろう。
 口元を歪に吊り上げていたリセリアは、雅美達に視線を戻すと、熱を持たない何時ものポーカーフェイスよりも一層冷たげな顔色をしながら、逆らうことの許されない警告にも似た絶対ルールを言い渡した。

「……これだけは覚えておきなさい、朱音と共に強くなるというのなら、私の意向に逆らわないことね。もし、逆らうものがいたとしたら、容赦なく叩き潰すわ」

 その緑色の瞳は迷いも躊躇いも無いことが窺える。言葉の意味が痛みとして身体に伝わるほどのプレッシャー。それでも、雅美たちは引くことをしないであろうと、リセリアは気付いている。だからこそ、言っておかなければならないことなのだと。

「六道家の娘は根っからの負けず嫌いなのよ。 だから必ず強くなって見せるわ、この中の誰よりもね」

 挑戦的に微笑むのは、六道の名を背負う少女。

「この学園の生徒会長として、この件を見過ごすわけには参りませんので」

 誇りという剣を握るのは、金色の髪色を持ったエルフ。

「私は今の平和な生活が気に入っているの。訳の分からない胡散臭い輩の好きにさせるつもりなんか無いわ!!」

 輝くブルーの宝石が光るのは、海の加護を一心に受けたセイレーンの少女。

「守ってもらうばかりじゃいけないって分かったんです。だから……」

 忌み子として、闇の中で光を見つけた紅の少女。


 そんな彼女たちの姿を静観していたレイリスも、言葉に出すことは無くとも、静かな決意を胸に刻み付ける。そっと、優しげに、ピンと背筋を伸ばして立つ自身の術者を見つめる。

(何となく、貴方が彼女たちを気にかける理由が分かりました。       リセリア、私は……貴方の為に強くなろうと思います)

 術者の為に力を欲する、非力な少女。

「私って……主人公の筈だよな? ハブですか?」

 そして呟くへタレが一匹。

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誕生日:
1986/10/31
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