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「シャキっとしなさいよ。最近ずっとだらけっぱなしじゃない、阿保面も治らないし」
「阿保面は余計だ」

 心配しているのか侮辱しているのか分かりづらい言葉を投げかける雅美を適当にあしらい、朱音は机の木目を見つめていた。

 脳裏には数週間前リセリアに言われた事が、ピッタリと張り付いてはなれない状態が未だ続いている。その答えをリセリアが知っている事は間違いないのだが、聞くとしてもどういった風に聞けばいいのかも分からない。当初のペアと変わらずに授業は進んでいるものの、リセリアと話すのは説明と受け答え程度で終わってしまうため、問題の答えはいつも聞けずじまい。そうなると、関係してそうなロザリィ達に聞くしかないのだが、「お前に近づくなって言われたんだけどどうすればいい?」なんて聞くわけにはいかないし、アリアに言ったらそれこそ血の海になるかもしれない。


そう思っているのは、貴方だけよ。利用される前に離れることね……


 耳の奥で木霊するように響くリセリアの言葉に、どういった真意が隠されているかも分からないまま、ロザリィ達を遠ざけていい筈はない。しかし、彼女のような人物が、理由もなしにそんな事を言ってくるとは考えにくい。そんな二つの気持ちがグルグル空回りしているせいか、編入してから数週間という時間が過ぎてしまった。

答えを見つけることが出来ない問題に頭を悩ましているせいで、ガヤガヤと騒がしいクラスメート達の声が最近の事ながら鬱陶しく感じてしまい、今日もまた授業もまともに身に入らないのだった。

 しかし、そんな状態でも何とかやり過ごしてきた朱音であったが。三時限目の数学中にレイチェルに注意を受けた後、授業中ずっと問題を解くように強制され、授業が終えた頃にはどこか燃え尽きてしまったかのように枯れ果てていた。

「あっ君お疲れ。まぁ、あっ君に答えを教える私のほうが苦労したけど」
「あんなの分かるか」

 朱音の様子を見て楽しそうに笑う雅美と、その隣を歩く朱音はゲッソリとした顔つきで弱りきっていた。二人で教室を出て、食堂に向かう。

「朱音さん、雅美さん」

 と、教室を出てすぐ、聞きなれた声に話しかけられる。朱音と雅美は足を止め反射的に声のした方、自分達の真後ろへと振り返ると、そこには自分たちより後に教室を出たらしい、ロザリィ・アリア・ミリアの三人が立っていた。相変わらずロザリィは煌びやかな社交的な笑みを浮かべ、アリアは雅美には微笑を浮かべるが、朱音には敵対心剥き出しの顔色をしている。ミリアはこの間の件で少しづつだが慣れてきてはいるものの、オドオドした態度が治るのは当分先のようだ。

「ロザリィ?どうしたの?」

 自分達が呼び止められた理由が分からないのか、雅美は不思議そうに尋ねる。

「いえ、ご一緒に昼食をと思いまして」
「わざわざ言いに来なくてもいいのに、編入してからずっとこのメンバーで食べてるから、三人がいないとちょっと変な感じもするし」

 律儀にわざわざ聞きに来るロザリィに、雅美は笑顔で了承する。編入初日からもう数週間あまり経過しているが、昼食は勿論のこと、最近では夕食も一緒に食べるようにもなってきた。朝食は、朱音が朝起きるのが遅いため別だが。

「あっ君もいいよね」
「えっ……、あぁ、いいんじゃないかな」

 同意を求めるように尋ねる雅美に対して、朱音は微妙な言い回しの対応をしてしまう。深く考えすぎていた問題が、態度にも出てしまったといったところか。しかし、そんな朱音の不自然な態度も、至って雅美やロザリィには気にされずに終わる。アリアは、最初から朱音の言葉を注意深く聞いているはずはないので心配はないようだった。安心半分落胆半分の朱音。

 食堂までの距離を、五人で雑談しながら向かうが、朱音の歩調は前を歩くロザリィ達より一歩距離を置いたような形だった。とは言っても、ミリアは雅美やアリアのようにズカズカと話に入っていくタイプではないので、自然に最前列を歩く三人組の後ろをついて回る形になる。前の三人組は、なにやら色々と話に花を咲かせているようだったが、その最後尾を歩く朱音は頭を悩ます問題で手一杯の様子だ。

「はぁ……」

 自然と口から溜息が漏れる。肉体的にも生傷が絶えないうえに、精神的にも負荷がかかるなんて勘弁して欲しいと朱音は思う。

「あ、あの……」

 そんな懊悩する朱音の隣に、いつの間にか歩調を合わせるようにミリアは並んで歩いていた。俯いたままの状態で、遠慮がちに朱音に話しかける。

「あっ、ミリア……」

 自分の鬱ワールドにドップリと浸かっていた朱音は、ミリアに話しかけられてようやく彼女が隣に並んでいることに気付く。

「……こっ、こんにちは」

 朱音の顔を見れないまま、ミリアは若干緊張したように俯いたままだったが、意を決したように顔を上げ遅い挨拶をする。が、今度は自分がした行動が恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして慌ただしくまた廊下を見るように俯いてしまった。

「え……あー、こんにちは」

 そんなミリアの行動に、朱音は苦笑いを浮かべながら挨拶を返す。お互いそれ以上の言葉が思い浮かばず、一瞬の気まずい沈黙のあと、ミリアがオズオズと口を開く。

「……なにか……悩み事ですか?」
「うぇ!?あ、いや……その……何で?」

 予想だにしないミリアの一言に、奇怪な声を上げてしまう朱音。何とか話をはぐらかそうとするものの、いい言い回し思い浮かばずそんな言葉が口から漏れた。

「……いえ、何だか、元気がないように見えたので」
「ミリア……。だっ、大丈夫だよ、編入してまだ日が浅いから疲れが溜まってるだけだし、元気とか能天気さだけは誰にも負けないからさ」

 心配そうな顔つきで朱音を見つめるミリアの額には、赤く濡れた様に光る宝石が輝いていた。愁いを帯びたミリアの表情に、朱音は一瞬ドキリと心臓が跳ねる。ミリアの繊細さと美しい顔立ちが、その雰囲気をより一層深め艶めいているようにも感じられた。そんなミリアの様子に、一瞬言葉を忘れたように固まっていた朱音だが、慌ててそう言いながら笑顔を作る。

そしてその後、これ以上ミリアを心配させないようにと朱音が一生懸命努める姿を目撃したアリアが、何を勘違いしてか朱音に攻撃を仕掛るまでにそう長くは掛からなかった。

 

 

 

 ―昼休み―

 今日は学院の食堂が一段と騒がしいと、ドアを潜るまで他人事のように考えていたのに……

「……」

 朱音は顔を引き攣らせ絶句して、食堂に佇むあるコック姿の男を凝視していた。その隣にいる雅美は、心底不快気に顔を歪め、ロザリィとアリアは驚いたようにその男を見つめている。ミリアはと言うと、理由は分からないが恐怖に駆られたように目尻に涙を溜め失神寸前といったところだ。

「久々の食堂だわぁ❤懐かしさが込み上げてくる❤」

 後姿しか見えないが巨漢の体躯に似合わない口調、スキンヘッドに襟足の部分から太い三つ編みが垂れている。無駄の無い筋肉の塊を、周りの生徒達は近からず遠からずの絶妙の距離を保ちながら見ていた。

「ん……?あんらぁ❤」
(ギャー!!目が合っちまったー!!!)

 と、出来るだけ関わり合いを持たないように、席に移動しようとしていた朱音達だが、運悪くその巨漢の男は後ろを振り返ってしまう。そして、視線の先に居る朱音と目があった瞬間、低い声で嬉しそうに言葉を漏らしたのだ!!その時、獲物を見つけた肉食獣のように目が光ったのは気のせいか。
 朱音はと言うと、蛇に睨まれた蛙のようにその場に硬直してしまう。その巨漢な男の顔付きは、体躯同様かなりごつく、顎は深い溝が入ったようにわれている割には、無駄毛が一切なくスベスベとした光沢を放っていた。

「んふふ……❤」
(ヒィィ!!)

 歪に曲がったその男の口からは不気味な笑いが漏れ、朱音は心の中で悲鳴をあげる。と、その瞬間、巨漢な男は身をくねらせがらかなりのスピードで朱音に向かって近づいて来た。その異様さは口では説明できないような恐怖があると思う。そして、確実に狙われている当の本人はその不気味さに、反射的に身構えることしか出来ない。

「あらぁ、あらぁ、あらぁ、可愛い子ねぇ。 女の子にトキめいたのなんて初めてだわ……、食べちゃいたい❤」
「な゛あ゛ぁぁあああ!!!」(犯される!!犯されるー!!)

 ドアップに広がる巨漢は朱音の前まで来たのにもかかわらず、ウットリとした表情で更ににじり寄って来る。そんな不審者から必死に逃げようと、半泣きで近くにいたロザリィの後ろに隠れるように逃げ込む朱音。ブルブルと震えながらロザリィの制服を握る姿は、怯えた子供そのものである。

「コック長、お久しぶりです」

 朱音とコック長と呼んだ巨漢に挟まれたロザリィは、苦笑いを浮かべながらも目の前の筋肉に挨拶をする。

「あんらぁ、お嬢じゃないの。久しぶりね……あと小生意気な小娘もいるじゃない」
「何ですってぇ!! この変態親父!!」
「んもぅ、カリカリするのは美容に良くないわよ。あんたそんなんだからもてないのよ」
「あんただけには言われたくないわよ!!」
「まぁ、いいわ。……今は小娘よりも、その子に用があるから。うふ❤」

ビク!!!

「ちょっと聞いてるの!! オイ!!……」

懐かしそうにロザリィの方を見たかと思うと、チラリとすぐ傍らにいるアリアに視線を移し、いきなり小娘呼ばわりする。自分の事を侮辱されたアリアが黙っているわけがなく、コック長に向かって怖気も無く激怒するが、コック長はサラリと流しと言うか無視し、恍惚とした表情でロザリィの陰に隠れる朱音に視線を送ると、隠れていた陰がビクリと肩を震わすのが分かった。すぐ傍では、アリアがまだ怒鳴り続けていたが、もはやコック長の目には朱音しか映っていない。

「こんなに私好みの子がいるとは、今まで知らなかったわ~ん❤お名前はなんていうのかしらぁ❤」
「コック長、この方は鬼宮朱音さん。ごく最近、このアスガルドに編入してきたのです」

 怯えきって震える朱音の代わりに、ロザリィはコック長に簡潔に説明をする。雅美とミリアはというと、泣き出しそうなミリアを連れて、早急にその場を退避し、朱音のことを見守っていた。(楽しそうに)

「編入生なの?道理で見たこと無いと思ったわ❤ここで出会ったのも何かの縁、私の事はエリザベートと呼んで❤」
「ヒギャァァアアアア!!!」

 確実に偽名を教え、エリザベートはロザリィの後ろに必死で隠れる朱音を覗き込みながら唇を突き出す。エリザベートの顔が間近に迫ってきた恐怖と共に、朱音のかつてない悲痛な叫びは食堂に木霊した。

 その後、何とか無事に席に座ることが出来、昼食にありつけた朱音であったが、食事中エリザベートに視姦されていることもあり、休む暇もなく食堂を後にした。変態以上の何者でもないと思っていたエリザベートだったが、伊達にコック長と言われるだけはあり、今までの学食も相当な旨さがあったのに関わらず、エリザベートが作った学食は比較にならないほど美味なものばかりだった。ロザリィやミリアがくれたサンドイッチは、朱音曰く涙が出るほどの味わい深い一品だったとか。しかし、朱音が頼んだオムライスだけに、ハートとメッセージ入りのケチャップが掛かっていたことが、その上手さを半減させたらしく、朱音は何ともいえない表情で食していた。

……そしてまた、お決まりの如く災難は続くのである。

 

 


 その頃、原則としては立ち入り禁止区域であるサバイバルエリアに、漆黒のローブを着た人物が一人佇んでいた。顔はフードで隠されているせいで見えないが、ゆったりと身体を覆うローブからでも分かる位に豊かな二つの膨らみがあるからして、女性だという事は確かなようだ。しかし、彼女が纏っている雰囲気は薄暗く異質なものを感じさせ、到底この学院の関係者のようには見えない。となれば、彼女は間違いなく侵入者という事になる。

 それも、アスガルド女学院に侵入しただけではなく、授業の場合のみ厳重に閉ざされた扉が開放されて初めて入ることが許されるこの区域に、見ただけでは凡その武器も持たず入った事を考えれば、相当な力量ということになる。自然の状態で育った魔物が徘徊し、非常に危険な島域であるこの島の厳重なセキュリティ、魔術障壁を破ったのだから。

 サバイバルエリア内でも、隔壁によりいくつかの区域に分けられ、異なった自然環境が作られるため多種多様な魔物が存在するこの島。そこに、彼女が危険を犯してまで来たのには訳があった。

「わざわざ此処まで来た甲斐があったみたいね。……探さなくてもそっちから来てくれたし。良い素材だといいけど」

 艶やかなその笑いと言葉には、憎悪と憎しみが染み渡っているようだった。そして、彼女はゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには、七、八体の獣の群れが、彼女を取り囲むように一定の距離を保ちながら殺気を振りまいていた。姿形は豹や虎などの肉食獣に似ているが、攻撃を成す爪や牙が異様に発達している。浅黒い体毛は鋼のような光沢を放ち、尻尾は餌と認識している彼女を威嚇するようにいきり立っていた。唸る獣の息遣いは荒々しく、口の狭間から見え隠れする舌は長く、ダラダラと涎を垂らしている。

「あらあら、思ったよりも弱そうね。ちょっと期待はずれかも」

 獰猛な魔物達に囲まれながらも、彼女はフードの狭間から見える余裕の笑みを消さない。むしろのその声は、今の状況を楽しんでいるようにも聞こえる。
 そして、魔物達は自分達のテリトリー、彼女に襲い掛かることの出来る距離を徐々に詰めていく。唸りが遠吠えに変わったとき、それをきっかけに魔物達は一斉に彼女に襲い掛かった。しかし、彼女は微動だにしない、その場から一切動かずゆっくりと右手を視線の高さに合わせ……

 パチン!!と乾いた音を奏でた。彼女を中心として広範囲に浮かび上がる黒い光を放つシンボル。

「さようなら」

 薄く甘いその言葉は、攻撃の合図。

 その瞬間、彼女の魔術が発動し、鋭い岩の針が無数に地面から生えわたった。突き刺さる音、骨を砕く音、引き裂く音が飛び交う。岩から流れ落ちる赤い液体は、魔物であった見るも無残な姿の骸から滴り落ちたものであった。紅く染まる地面を見ていた彼女自身にも、その飛沫は到っていた。ローブのところどこに赤茶けた斑点模様がつき、フードの奥に垣間見える白い肌にも付着していた。すっと、頬を撫でる様にそれを拭うと、唇によせ血のついた赤い指を舐める。

 その時、彼女の耳元で微かな呻き声が聞こえた。どうやら、まだ仕留めそこなったやつが居るらしい。声から察するに、瀕死には変わりないようだが。
 
 彼女はおもむろに右手を振るうと、屈強な岩の針はボロボロと崩れ落ち、異臭を放つ赤茶色の土だけになった。突き刺さっていた骸はそのまま地面に音を立てて落下すると、ジワリと地面に新しい小さな赤色の血の池を作る。その骸たちの中で、微かに動く一匹の影がある。ピクピクと痙攣しながらも、なんとか呼吸をしているようだ。その身体にジンワリと浮かぶ幾つもの血液は、刺された傷跡から溢れんばかりに出血しているのを物語っている。今も生きながらえているのは、魔物の生命力と、幸か不幸か即死をもたらす攻撃を避けられたおかげらしい。しかし、今の状況では助かる見込みはほぼ無いだろう。

「ふぅん、まだ生きてたんだ。案外しぶといわね」

 彼女は残忍な笑顔を見せながら、止めを刺すため右手を掲げる。が、彼女はその右腕を振り下ろさず静止し、一瞬何かを考えたような表情をした後、何か思いついたのかニヤリと薄く笑いながら右手をローブの中に戻す。どうやら、運良くとはいえ自分の魔術を喰らってもなお息をしている魔物に、少なからず興味が湧いたらしい。

「そうね、もう少しだけ長生きさせてあげるわ」

 そう言うと、彼女は懐から赤い球状にカットされた鉱石のようなものを取り出す。異様な光、というか異質な何かを発するそれを、魔物の傍にほおり投げる。すると、そう時間のかからないうちに球状の物体はウネウネと形状を変え、スライムのような液状のジェルに変異した。そして、横たわる魔物の方に近づくと、ゆっくりとした動作で魔物の耳の中に滑り込んでいく。その瞬間、微かに痙攣していた魔物の身体が大きく跳ね、悲痛な叫びを上げる。ジタバタともがき苦しむ魔物の身体には、体内で這い回っている何かが、皮膚の下をウネウネと動く蛇のように浮き出ては消える。

 次第に悲痛な叫びも太くなっていくにつれ、魔物の形状に変化が見られ始めた。四足歩行だった細い手足は太くなり、口は大きく裂け、そこには鋭利な歯がビッシリ並んでいる。カギ爪のように長く伸びた爪は、手の部分だけ特化している。そして、腹は十字に切れ腸が垂れ下がり、グロテスクな臓器が剥き出しになっていた。

 そして体内で暴れていたナニかが収まると、変わり果てた魔物の姿がそこにあった。屈強な二本の足で立ち上がり、ギラギラと光る紅い瞳を見開きながら、獰猛な雄叫びを上げる。

「私を……楽しませてね」

 咆哮が木霊する中、フードの下の彼女は残忍かつ艶やかに笑っていた。

 

 

 

 

 


―薬学実習室にて―


 薬術学の授業は、やはりこの編入してきた当初通り気苦労の耐えない時間だった朱音。まさか、自分の口から火が吹き出すとは思ってもいなかったのだろう。アリアが何をどう間違って作り出したかは知らないが、朱音の所に持ってきたビンに注がれた、ボコボコと音を立てる真っ赤な液体。今日の薬術学は、初歩的な回復薬の筈だが、アリアの持ってきたその液体は毒薬にしか見えないのは気のせいか。
 そんな危険なものを、「あんた毎日怪我しているから丁度いいわ。有難く飲みなさいよね」と、いつものように偉そうに言いながら、アリアは朱音に手渡してきたのだ。

勿論の事、朱音は即答でソレを拒んだものの、アリアは風のような速さで朱音の口の中にビンを押し込め、見事液体を飲ます事に成功したのだった。そして、その薬品を飲んだ直後朱音は口から火を吹き卒倒し、リセリアお手製の回復薬の効能を身をもって味わう事になった。

「お疲れ様。私、口から煙が出てる人始めて見ちゃった」
「あぁ、よかったな……貴重な体験が出来てよぉ……」

 四時限目の授業が終わり、速やかに更衣室に移動する中、楽しそうに雅美は隣を歩く朱音に向かってそう言ったが、被害者である朱音が楽しいはずは無く、鬼のような形相で口を引き攣らせながらそう答えた。ヒリヒリと痺れるような感覚の口を押さえながら、こんな事が数週間続いているのにも関わらず、何故自分が生きてこれたのだろうかと不思議でならない朱音。

「だらしないわね。アレくらいで倒れるなんて」
「アリア、貴方のせいでしょう。ちゃんと朱音さんに謝りなさい」 「ねっ、姉さん……」

 主犯と言うか、全ての原因であるアリアは、朱音たちの後ろを歩きながら呆れ気味そう呟く。そんなアリアの両脇にいるロザリィとミリアは、アリアのその言葉に反応し、ロザリィは厳しめの口調で、ミリアは困ったように慌ててそう言った。

 すると、不意に前を歩いていた朱音の足がピタリと止まる。そんな朱音の突然の行動に、一緒に移動していた四人もつられてその場で足を止めてしまう。そして、束の間静寂と共に、朱音は勢いよく後ろに振り返ると、ビシッと人差し指でアリアを指す。

「お前は一生結婚なんか出来ん!!! エリザベートの、いやコック長の言うとおりだー!! この性悪女め!!!」

 怒涛の勢いで憤慨しながら、痺れの取れない口をフル活用して巻くし終わると、朱音はその場から脱兎の如く一目散に駆け出した。いつも受身しか取れなかった朱音が、この時逃げるという事を覚えたのだ。

「なっ、何ですってぇ~……。待ちなさいよこのサル!!!」

 一瞬の出来事と朱音の行動に唖然としていたアリアだったが、朱音が駆け出した瞬間その身に怒りという名の感情が一気に燃え上がり、有無も言わさぬ勢いで朱音の後姿を追いかけたのだった。そんな二人の後姿を見送り、残された三人は、その場で声をあげて笑った。

 その後、廊下を走り回っていた朱音とアリアだったが、学院の教員に見つかりコッテリと説教を受けるはずが、アリアは上手い具合にその場から姿を消し、結局教員の怒りを一身に受けた朱音であった。

 

 

(くっそ~、何で私だけがこんな目に……)

 次の白兵戦術の授業のため、早々と白兵戦用の制服に着替えながら、朱音は苦々しく顔を歪めていた。異様に逃げ足が速いアリアに対して毒づくものの、どこで聞かれているかも分からないのであえて言葉には出さないでおく。朱音にしてはかなり目覚しく成長した立派な判断だと思う。

「あっ君遅~い。早く~」

 退屈そうに朱音の傍らで座り込んでいた雅美は、ぶぅと頬を軽く膨らませながら催促する。

「だったら先に行けばいいじゃんかよ……」
「あっ!……もう、しっかり畳んでから入れなさいよね。ホラ、貸して!!」

 溜息混じりに反論しながら、朱音は制服を乱暴と言うかがさつに押し込める。それを見ていた雅美が勢いよく立ち上がり、グイグイと制服を詰める朱音を退かすと、ロッカーの奥に押しつぶされている制服を取り出した。そして、子供を躾ける親のように(かなり不機嫌そうに)諭しながら丁寧に制服を畳みなおす。

「細かいなー、別にそれくらいいいじゃん」
「こういったブレザーとかスーツ系の制服は、しわが付いてるとみっともない上に跡が残りやすいのよ。……はい出来上がり」

 隣で愚痴を零す朱音を横目で睨みながら、雅美は手馴れた手つきで制服を畳み終わると、そっとロッカーの中にしまう。パタリとロッカーの扉を閉め、雅美は朱音の方に向き直りながら怪訝そうに顔を顰めると、いつもの如くお説教が始まる。

「ほんと、私が居ないと何にも出来ないんだから。一応あっ君だって女の子なんだから、こういった事には気を使わなきゃ駄目じゃない。もう少し恥じらいを持った方がいいんじゃない」
「……」


「パンツとブラジャーで寝てるくせ……」
「お黙り!!」

 クドクド言葉を並べ立てる雅美の言葉が気に入らなかったのか、途中まで無言を貫き通していた朱音は不機嫌そうに顔を顰めながらボソリと反論する。その瞬間、雅美は有無も言わさぬ勢いで朱音の頭を鷲掴みロッカーに激突させる。先程まで、制服を押し込めていた朱音が、今度は押し込められる立場になったのだった。

「あの、もう少しで授業が……ヒッ!!」

 ガチャリと更衣室に入ってきたミリアの動きが止まる。着替えだけで妙に時間がかかっているのを心配して、二人の様子を見に来たのだが、そこにはロッカーに頭が突き刺さした友人の姿があった。扉が破壊されている事からして、相当な勢いで突っ込んだらしい。

「うん、ミリア。すぐ行くから大丈夫よ」
「あ……はい……」

 ピクリとも動かない首なしロッカーの横で、にこやかに笑う雅美の姿が怖くて、ミリアは顔を恐怖で引き攣らせながら辛うじてそれだけ言うと、音も無くドアを閉めたのだった。


南無阿弥陀部……南無阿弥陀部……

 


白兵戦術教師であるフォアル先生が、今日の授業説明をしている中、朱音と雅美はいつもの如く小声で言い争っていた。

「首がイテェ……」
「自業自得でしょ」

 今にもギギッと音がしそうになる程固まった首を傾けながら、朱音は辛そうに顔を顰める。その横で、知らぬ存ぜぬと言ったような表情をしながら、冷たく言い返す雅美がいた。

「どこがだ、アレはどうみてもお前のせいだろうが」

「うるさいわねー、いい加減にしないと……あっ君とエリザベートがデキてるって言いふらすわよ」

 拳をワナワナと震わせながら、朱音は隣に立つ従姉を睨み付ける。雅美はそんな朱音の顔を不機嫌そうに睨み返したかと思うと、ニヤリと陰湿で粘着質な笑いを漏らしながら、雅美は最大の武器を口に出した。

「ごめんなさい」

その瞬間、朱音はサッと態度を改めると真顔で謝罪する。
雅美だったらやりかねないと思ったのだろう、と言うか確実にすると思ったようだ。そんな事をされれば、今でも住みにくいこの学園が更に住みにくくなってしまう。いや、それ以上にエリザベートと恋仲というのは考えたくもない。

「大丈夫よ。そんなに真剣に言わなくても、今は言わないから」
(クッ、人が下でに出れば……神様!! 見ただろ、この女の性格を!! 理不尽すぎるだろ!!)

 ニッコリと先程とは打って変わって頬笑むと、雅美は天使のように言う。気のせいか、今という部分をかなり強調していたようにも聞こえるが。そんな雅美の言葉に、朱音は喉を鳴らし悔し涙を流しながら、いるかも分からない創造神というやつに憎々しげに訴えかけていた。世の中不公平すぎると、性格悪の雅美が文武両道の才女に比べ、少なくとも雅美よりは性格がいいと自分的には思っている朱音が落ちこぼれの体力馬鹿とは酷すぎやしないかと。

「あっ、話し終わったみたい。あっ君は早くいこ~」

 無邪気に笑いながら言う雅美の後姿を見ながら、朱音はガックリとうな垂れ小さく溜息をつきトボトボと後を追う。結局のところ、現時点では彼女に勝つ事は出来ないのだという事を、あの勝ち誇った笑顔を見るたびに思い知らされる朱音であった。

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1986/10/31
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