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こんなところに居ても…… 何にも解決しないのは分かってるのに……

 暗闇が支配する静寂な森の中で、ミリアは真っ白な鳥籠のベンチに腰掛けていた。黒一色の世界の中で、その鳥籠のベンチの存在はボウっと浮き出ているようにも見えた。そして、そこに座るミリアでさえも……

 

 鬱蒼とした森が唯一開けているこの空間で、ミリアは夜空を見上げた。煌く様な美しさを放つ星を見ながら、疎ましく羨ましくも感じる。

(姉さんや、ロザリィさんたちが星なら、私はその光を遮って見えなくさせてしまう雲。時には、傍迷惑な雨を撒き散らす)

 力なく視線を足元へと移すと、ミリアは自分を卑下するように自嘲気味に小さく笑う。それと同時に、膝に乗せていた手に滴が落ちた。

嫌になる……一番大事なときに何も言えないのに、泣く事だけが一人前なのだから……

 噛み締めた唇も空しく、零れだした涙は一向に止まらず頬を流れていく。冷たい夜風に晒されても、止めどなく流れる涙と気持ちによって、熱は冷めることなく篭っていくばかりだった。顔を覆うように手で押さえても、枯れることはなく溢れ続ける涙は、ミリアの気持ちそのもの表しているようだ。

 晴れることのない気持ちへの焦燥、ミリアが苛立ちをぶつけるのはいつも自分自身だった。他人から傷つけられた精神を、自己嫌悪という気持ちで更に追い討ちをかける。何も出来ない自分を戒めるように。

 嗚咽を漏らし、ミリアは切に願う。このまま消えてしまえたらいいのに……と、しかし、心のうちで叫びを上げる声は、幸せに生きていきたいともがいている。それを否定するかのように、紅色の宝石は指の狭間でちらりと濡れた光沢を放っていた。

 

 

 

 


 どれくらい経ったのだろうか、泣き疲れたミリアは然程変わっていない景色を見ながら、乾きかけた頬を冷やしていた。どんなに泣いても、寮に帰る気にはなれない。姉であるアリアの顔を見ることが怖い。そして、秘密を知ってしまったあの人と会うことが。学園の生活を経ていけば、隠し通す事は出来ないと、ミリア自信も十分に分かっていた事だった。それでも、気付かないままで居て欲しかった。

 行く当てもないミリアは、これからの事を考えるものの、空に浮かぶこの島から逃げる事なんて出来はしない。ミリアに残された道は一つしかないのだ、寮に帰るという選択肢しか……。
 それでも、ミリアはその場から動けない。肌寒い風が通り過ぎていく中、ミリアは憂鬱そうに俯く。

「これから、どう……」

ガサ……ガサ……

その時、ミリアのか細い言葉を遮るように、不審な物音が森の中から聞こえてきた。物音がしたのは、ミリアの真後ろに生えわたる森の中からだ。しかも、音は徐々にこちらに向かって近づいてきているのが分かる。言い知れぬ不安が込み上げたミリアは、「……ッ!!」と声にならない言葉を漏らし、鳥籠のベンチからサッと身を引くと、不快音を上げる森の奥を恐る恐る涙目で見つめる。きつく自身の手を握り締め胸に押し当てるものの、その程度で恐怖が取れるはずもなく、更に嫌な思考に拍車が掛かる。

 理由がない限り、静寂が包むこの森に訪れる人物はいないだろう。だとすれば……

 ミリアがそう思ったとき、ピタリと音が止む。いきなりの静寂に、ミリアが体をより一層強張らせた瞬間、聞き慣れた叫び声が森の中から聞こえてきた。

「いでぇ!!! ケツに枝が!? なあぁぁ!!蟲がぁ~~~~~~!? ……ん、なんだぁ、くっつきムシじゃんかよ。おっ、こっちにも……ってギャ~~~~~~!!!毛虫~~~~~~~!!!」

 品の無い叫び声を上げ森からと飛び出して来た人物は、豪快にその場で躓きながら地面に顔を打ち付ける。ミリアは目の前で倒れて動かない人物に一瞬呆気にとられた様子だったが、慌てて駆け寄りながら安否の確認をするように、地面にへばり付いている身体を遠慮がちに揺すった。

「あっ朱音さん……大丈夫ですかぁ……」
「あはっあはは……大丈夫大丈夫」

 心配そうに問いかけるミリアの言葉に、朱音は力なく笑いながら顔を上げる。打ち付けて熱を持った鼻に手を添えて、いつもと変わらない口調で言う朱音の顔を見ながら、ミリアは一瞬の安堵感に包まれるもすぐに込み上げてくる不安と罪悪感のせいで、辛そうに視線を下へと落とした。

「……ミリア?」

 そんなミリアの姿を見た朱音は、ミリアの垣間見せた表情が気になり身体を起こしながら小さく問いかける。しかし、その問いに答える言葉はなく、一時の静寂のあと嗚咽とともにすすり泣く声が聞こえた。吹き抜ける風が、実る葉を鳴らしザワザワと音を立てる。それは、ミリアの気持ちを哀れむかのように、泣いているようにも聞こえた。

「帰ろう……」

 小さく肩を震わせるミリアに、優しく語り掛ける朱音。その返答は言葉で返ってくる事は無く、ミリアの頭が微かに横に振られた。それは、否定。帰ることへの拒否を表していた。

「アリアもロザリィも雅美も、ミリアのことが心配で今も血相変えながら探してる。だから……帰ろう。みんなミリアの事待ってるよ」

頬を濡らし続け、押し黙ったように何も言わないミリアに、朱音は言葉を続けた。それでも、先程と同様に言葉は返ってこない。乱れた息遣いと、嗚咽交じりの声だけが耳に届き、朱音はそれ以上の言葉が見つからずミリアから視線を逸らした。そんな時、穏やかに吹いていた夜風がほんの一瞬その強さを増し、サアァァと音を立てて二人の間を流れていった瞬間、ミリアの小さな言葉が聞こえたのだ。

「ごめんなさい。みんなに迷惑ばかりかけてしまって……」

 弱々しい涙声で、ミリアは確かにそう言った。

「私が傍に居るせいで姉さんにも……ッ私なんかが」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の内がカァと火が点いたように熱くなるのを感じた朱音。頭で言葉選ぶよりも先に、その言葉は朱音の口からミリアの言いたい事をかき消すように発せられた。

「違う!!」

 自分を責めるように呟き続ける悲痛なミリアの言葉を遮った言葉。荒々しげに言い放たれたその言葉に、ミリアの肩がビクリと跳ねる。驚いたように朱音を見るミリアと目を合わせ、朱音は変わらない口調で言い募る。

「誰も迷惑なんて思ってない!ミリアは何も悪い事なんかしてないじゃん!なのに、なんで謝るんだよ!」

 込み上げてくる怒りを吐き出すかのように、朱音はミリアに対してそう言った。朱音がこの学院に来て、ミリアに対してこう言った言い方をするのは今が初めてだ。そのせいか、ミリアは少し驚きを隠せないでいる。

「……だって、私が忌み子だから……」

 辛そうに顔を歪めながら言うと、ミリアは再びいじけた子供のように視線を下へと向けようとする。が、朱音がそんな事を許すはずもなく、ミリアが俯いてしまう前に、素早く、かつ乱暴に、ミリアの両頬を抑えると、無理やり自分のほうに向させける。そして……

「ウガ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」

叫んだ。勿論突然の朱音の叫びに、ミリアは「ヒッ!……」と声を漏らしながら、若干顔には怯えが浮かぶ。確かに、両頬を掴まれ目の前でいきなり奇怪に叫ばれれば、こうなるのも無理はない。こんな事予想も出来ないだろう。

「宝石が赤いだけだろ!! 青かろうが、緑だろうが、紫だろうが、茶色だろうが、ミリアはミリアで変わりはねぇ!!! そんなもん個人差だ個人差!! よくいるじゃねーか!! ホラ、やたらと毛が薄い人とかオヤジとか!!」
「そっ……そんな例えしないでください~」

 吹っ切れたのか、はたまた考える事に疲れたのか、朱音は暴走したように捲くし立てる。そんな朱音の言葉に、ミリアは涙目で微かな抗議を示す。確かに、誰だって薄い髪を必死にバーコードで隠そうとするような親父には例えられたくはないと思う。それもこんなシリアスな雰囲気の中。

「大体ミリアは弱気すぎるんだよ!! ルックスだっていいし頭だっていいんだから、もう少しアリアや雅美みたいに……!!!いや……あいつらを見習ったら人としておかしくなるな。爪の垢を煎じてって言うけど、あいつらのは煎じても毒薬にしかならないと思うし……」

 一人で騒ぎ出し、今度は急に考え込む朱音の姿に、ミリアは呆気にとられキョトンとした表情で見つめていたが、うーんと唸る朱音の姿が可笑しかったのか、堪えきれなくなったように小さく笑った。

「あ~、何笑ってんだよ。人が真剣に慰めてるのに……」
「だって……、朱音さん……ふっ、く……」

 ミリアの微かな温かみを帯びた顔に、朱音は内心穏やかな気持ちになりながらも、顔は冗談ぽく、かつ不満げに膨れ面を作るが、直に綻んだような笑顔が浮かぶ。そしてミリアからも朱音と同じような笑み漏れる。頬に残る涙の跡はまだ消えないが、ミリアの硬かった表情から毒気が抜けていくのが分かった。

 冷たい……

 ミリアが感じていたこの場の雰囲気を、朱音はあいも変わらずの性格でぶち壊したのだった。それは、言葉で諭すなんてかっこよく、それでいて聡明だったわけでもないけれど、ミリアの感じていたわだかまりを少なからずでも、取り除けた事に変わりはなかった。

 ひとしきり二人で笑い転げ、その後に訪れたのは静寂だった。しかし、最初の頃のように緊張を帯びた様子は一つもなく、むしろ穏やかに時間が過ぎていくのを楽しんでいるようにも見える。

「さっき言ったこと、忘れないで」
「え……」

 先程までは、こんな穏やかな気持ちで夜空を眺めることなんか出来なかったのに、と疑問を抱いていたミリアに、朱音は芯の通った声で呟く。視線はミリアと同じように夜空へと向けながら、傍らにいるミリアに対して、言葉を紡ぐ。

「ミリアはミリアだって事……。それと、私や雅美、ロザリィが友達だって事、忘れないで……あぁ、あと鬼より頼もしい姉貴のアリアも」

「……」

 しっかりとミリアに視線を戻した後、最後の言葉は冗談っぽくしかし穏やかに言い切る朱音。その言葉に、ミリアは驚いたように目を瞠っていた。

「って、偉そうに言ったけど、最初にそうかっこよく言ったのは雅美だけどね。でも、私もそう思ってるよ」

 苦笑気味にそう付け足しながら、朱音はミリアを見つめ言葉を続ける。

「でも一番思っているのは、やっぱりアリアだと思う。ミリアの姉でもあり、よき理解者でもあり、何よりミリアの事を宝物みたいに大事にしてる。妹だから、ってのは確かにあると思うけど、それよりもミリアの事が好きだから。だからミリアがいなくなったりしたら、アリアは絶対悲しむよ」

 廊下で見つけた時の、アリアの必死な姿が頭に浮び、朱音は言葉に出しながら改めてアリアの優しさを実感する。その言葉に、ミリアは嬉しそうに笑いながら、涙を流していた。きっと誰よりも、ミリアはアリアの優しさを知っているからこそ、迷惑をかけているのが辛かったのだろう。

「……れません」

 小さく囁かれる声。

「忘れませんから」

 今度ははっきりと涙を拭いながら、笑顔で答えるミリア。その表情は、朱音がこの学院に来て以来始めてみたミリアの本当の笑顔だったような気がした。ミリアの不安を全て取り除いた事にはならないけど、今はこれで十分なような気がした。

「ウシッ!!んじゃ、帰ろう!!」

 勢いよく立ち上がりながら、朱音は元気よく叫ぶ。傍らに居るミリアに笑いかけながら、朱音は手を差し伸べる。いつもの無愛想な表情からは想像も出来ないほど、屈託のない子供のような笑顔で。
 その朱音の手を、一瞬と惑ったように見つめていたミリアだが、ふっと笑みを零し、しとやかにその手をとった。

 

 

 

友達だから……初めて言われたその言葉

それが嬉しくて堪らなかった……

そして……

 


「ミリアー!!!よかった、本当によかった!!」
「フガァ!!!」

 寮の門の前で、ミリアの傍らに居る朱音を突き飛ばし大泣きしながらミリアに抱きつくアリア。うん、素晴らしきかな姉妹愛。地面に横たわりながら、怒りを静めるように自分に言い聞かせる朱音。流石に、姉妹の感動の再会に水を差すような真似はしないようだ。

「心配したんだから!もう勝手にいなくなっちゃ駄目だからね!!」
「うん……ごめんね。姉さん」

 がっしりとミリアの首にしがみ付きながら、アリアは駄々っ子のように言う。そんなアリアに対して、ミリアは困ったように小さく笑いながら謝ると、視線の先に居る二人にも申し訳なさそうに謝る。

「すいませんでした。雅美さんやロザリィさんにも迷惑をかけてしまって……」

 ミリアのその言葉に、雅美とロザリィは顔を見合わせると、何かを企んだように笑う。

「ほんとよね。疲れたし汗だくだしー」
「規則も破ってしまいましたしね」
「ちょっと、ミリアだって悪気があってしたわけじゃ……!!」

 妙に芝居がかったようにそういう二人。勿論そんな事を言われたミリアが凹むのは当たり前、そして有無も言わさずキレだしたのはアリア。グリンと振り返りながらミリアから身体を離し、後ろに立つ二人に反発を籠めた視線をおくる。

「す……すいません」
「どーしよっかなぁ、許してあげてもいいけど……あっそうだ、いいこと思いついちゃった」

 喉の奥から搾り出たような声は、微かに震えている。内心かなり、ビクついているのだろうという事が、傍から見ていても感じ取れる。雅美が妙に嬉しそうに言うから、なお更その感情に拍車が掛かっているのだろう。自然と視線は下へと向かっていくミリア。そんなミリアに一歩、雅美が足を進め、ニッコリと笑いながら言う。

 

「これからは、さん付けじゃなくて呼び捨てで呼んで」

 

 予想もしない要求に、ミリアは目を丸くする。その横にいるアリアも。そんなミリアに、雅美と同じように近づきながらロザリィも相槌を打つ。

「それはいいですね。私のこともそう呼んでください」
「え……でも……その……」

 煮え切らないミリアの返事に、雅美はいつもの強引さで纏め上げる。朱音ほど強制的(暴力)ではないが。

「いいの、友達なんだから! 分かったミリア!」
「えっ、あ、はい!」

雅美の押しの強さに驚き、つい返事をしてしまうミリア。そんなミリアの姿を、ロザリィは可笑しそうにクスクスと笑っていた。いや、この場合は、強引過ぎる雅美の性格にといったところかもしれない。

 そんな打ち解けあった四人の姿を、朱音は寂しそうに横たわりながら見つめていた。うん、素晴らしきかな友情愛。しかし誰も私を心配していない、というか存在すら忘れられているかもしれない。

「……?あっ君なに泣いてるの?」
「いいんだ、気にしないで続けてくれ」

 倒れた棒切れのように横たわっている朱音を見ながら、雅美は怪訝そうに尋ねるものの、朱音はいじけた様にそう言っていた。

 

 

 その後、五人で寮に足を運び、(朱音を引きずりながら)各自自室に戻った。その間、ミリアは照れ笑いを浮かべながら、四人の輪の中に加わっていた。
 部屋の前に着いた今でも、ミリアは何となく顔が綻んでしまう。その顔を、隣人のアリアはドアノブに手を掛けたまま、嬉しそうに見つめていた。そんなアリアの視線に気付いたのか、ミリアは恥ずかしそうに下を向いた。確かに、目の前に誰が居るわけでもないに、ニヤついている現場を見られれば恥ずかしいだろう。

「ぁっ……姉さん、おやすみなさい」

慌ててドアノブに手を掛け、いそいそと部屋に戻ろうとするミリア。そんなミリアを、アリアは不意に呼び止める。

「ミリア……帰ってきてくれてありがと。私、貴方が妹で本当に幸せよ」

 それは、アリアにとって唯一同じ血を通わせる、心をさらけ出せる妹への素直な気持ちだった。照れたように笑いながら、アリアはそれだけ言うと「おやすみ」と呟き、直に部屋の中へと引っ込んでしまった。

 廊下に一人だけ残されたミリアは、自分の姉が消えて行ったドアを見つめながら、何事かを呟き、自分もまた自室へと入っていった。久しぶりに感じる穏やかな眠りへと旅立つために。

 


友達だから……初めて言われたその言葉

それが嬉しくて堪らなかった……

そして……

 


貴方が……私の姉さんでよかった……

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1986/10/31
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