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 どれ位経った頃だろう、クラスのドアが閉まる音がする。どうやらHRが終わって、レイチェルが教室を出て行ったらしい。その証拠に、教室はザワザワと騒がしくなる。いつの間にか眠り扱けていた朱音は、その音に反応するかのようにゆっくりと頭を持ち上げる。


 まだ覚醒しきれていない頭のせいか、半ば呆然とした様子で周りを見渡すと、自分と同じ制服を着た生徒達が、犇きながら談話している姿が見て取れた。と言うか、微妙にこちらを見て笑っている生徒がいるのは気のせいか。

「あっ君、やっと起きたの?」

 聞きなれた声。その声は、すぐ傍らにいる人物だった。

「ん~あ~、HR終わったんだ」

 大きくその場で伸びをしながら、朱音は独り言のようにそう呟く。そんな朱音の顔を見た雅美は、顔を顰め半ば呆れ気味にこう言った。

「はぁ? 何言ってるのよ。もう二時限目も終わって、次三時限目よ」
「嘘ぉ!?」

 雅美の予想外の言葉に、朱音はそんな素っ頓狂な声を出す。HRが終わる間の、ほんの数分間くらいだと思っていた時間が、二時間近く眠っていたらしい。

「何で起こしてくれなかったんだよ」

 身から出た錆なのだが、そんな事を雅美に非難する朱音。

「私は何度も、優~しく起こしてあげたわよ。先生もね」

 雅美は笑いながらそう言うと、言葉を続ける。

「それよりもあっ君、いい加減顔の落書き消した方がいいと思うよ~」

 落書き?私は自分の顔に落書きをするような趣味は持っていないはずだが、そんな悠長な思考が頭に浮かぶ。チラリと雅美の方に視線を移すと……。

「ぷっ……」

 顔を逸らして笑った。

「オイ、てめぇ……鏡貸せ!!」

 朱音が鏡なんて持参しているわけもなく、雅美が席に掛けてあるバックを素早く引っ手繰ると、乱暴にバックの中を漁る。すると、小さな手か鏡が見つかった。朱音はその鏡の蓋を開く。そして、目に飛び込んできたのは、額に肉と書かれた上に、両頬に三本ずつ髭を描かれている自分の顔。余りにも馬鹿面としか言いようがない顔だ。今時、宴会場でもこんな事をするオヤジはいないだろう。

「な゛ぁぁあああ―――――!!」

 鏡を片手に持ちながら、そのまま絶叫する朱音。試しに右目を瞑ってみる。すると、案の定瞼の上には、気持ちの悪い目が描いてある。それも微妙に手が込んでいて、リアルなのが腹が立つ。

「何すんだ雅美!!」

 今にも握り潰しそうな勢いで鏡を握り締め、激高しながら雅美の事ギロリと睨み付ける朱音。

「私じゃないもん」
「嘘つけ!! こんな事するのはお前しかいない!!」

 雅美は、わざとらしい素振りをしながら白を切る。

「……だって、暇だったんだもん。可愛いよ、あっ君 ❤ 」
「消せ!! 責任もって消せー!!」

 そして、アッサリと認める。そんな二人の姿を、クラスの生徒たちは笑いながら見ていたのは言うまでもない。

 と、そんなやり取りをしていた朱音と雅美に近づく二人の人物がいた。

 そんな二人に気づいたのか、雅美は朱音の顔をハンカチで拭う作業をやめその人物に視線を移す。大人しく拭かれていた朱音も、雅美が視線を移した方向へと自然に向かった。

「おはようございます。鬼宮朱音さん」

 凛とした声が耳に響く。その声の主は、朱音と雅美のすぐ目の前に立ち、社交的な笑みをしながらこちらを見つめていた。
 金髪の巻き毛と尖った耳、それに少しきつい印象がある切れ長の瞳。気品漂う濃密なオーラが漂うその姿は、このクラスの生徒達と比べても、比較にならないほどの存在感を感じさせる。

「……えっ、あっ、おはようございます……えーと、……」
「申し遅れました、私はロザリィ=フレスヴェルグ。以後お見知りおきを」

 その引力を持つような彼女の存在感に魅せられてか、言葉を返す間かなり空いてしまう。消し途中の落書きを描かれている顔で、マジマジと相手の顔を見ているのは、少し失礼だったかなと、今更ながら後悔する朱音だったが、彼女は気にせず華やかに笑いながら、そう名乗ってくれた。

「随分お疲れのようですね。まぁ、今朝の事を考えれば無理はないですけど」

 淡々とした口調でそう続ける彼女。今朝の事と言うのは、おそらく、いや確実にトロルとの一件だろう。

「何でそれを……」

 知っているのか、と聞こうとする朱音の言葉を遮るように彼女はまた口を開く。

「登校途中でしたから、私もあの場に居たんです。と言っても、最初からと言うわけではありませんけど。あの時助けようとは思ったんですが、何分相手はトロルですし、迂闊に飛び込めなかったのです。申し訳ありませんでした……」

 彼女はそう言うと、辛そうに目を細める。そんな彼女の姿になんだか痛堪れない気持ちになった朱音は、慌てて口を開く。

「いっいや、私が不甲斐なかっただけで……。怪我もないし、頑丈さだけが取柄ですから」
「そう言ってもらえると、助かります。お優しいのですね」

 そう言ったロザリィの顔を見ながら、照れたように笑う朱音の顔を、雅美が冷たい目で見ていたことを、朱音は知らない。

「……デレデレ鼻の下なんか伸ばしちゃって……変態め」

 聞こえるか聞こえない程度の囁きに、朱音は「ん?」と声を漏らしながら、雅美のほうを見た。そんな朱音に対し、雅美はそっぽを向きながら「別に」と答える。

「そろそろ、本題に入ったら。ロザリィ」

 唐突に割り込んできたその言葉は、よく透き通る声にも関わらず、活発さを帯びていた。朱音は、雅美からその声が聞こえたロザリィの方に視線を向ける。
 そこには、セミロングの瑠璃色の髪と、額に青色の宝石を持つ少女が、ロザリィのすぐ後ろに佇んでいた。

「ミリア!!」

 朱音は驚きと共に嬉しさが込み上げる。そう叫びながら慌てて席から立つと、そのままその少女に詰め寄った。

 朱音のその態度に、その少女とロザリィは目を丸くする。そんな、二人の態度など気にも留めず、朱音は興奮したように言葉を続けた。

「いやー、まさかミリアと同じクラスになれるなんてなー。あっ、それと今日の朝はいろいろとごめんな」

 今日の朝のことに対して、朱音は再度謝る。出会い頭に驚かしてしまったことも含めて、ミリアを置いて朝食を食べに行ってしまった事に対してが主な理由だった。
 そしてその言葉を聞いた瞬間、ミリア(?)の顔色が瞬く間に、般若の如き形相に変わる。

「……した」

 低く怒りの篭った口調。あまりにその声が小さく、上手く聞き取れなかったのだが、その感情だけは読み取れる。

「おっ落ち着きなさい、アリア」

 そんな彼女を宥めるように、ロザリィはそう言うものの、その表情は非常に焦っている。

「えっ、あの……」

 朱音はなぜこんな状況になったのか理解出来ないらしく、上手い言葉が出てこない。それに、今ロザリィはミリアのことをアリアと言った。その言葉が更に朱音を混乱させる。

「私の可愛い妹に、何をしたのかって聞いてんのよ!!」
「えっ、あっ……おぶっほぁ!!」

 朱音の言葉は最後まで聞かれることもなく、彼女は怒涛の如き勢いで朱音の顔面に鉄拳を叩き込む、何かが折れるような壊れるような音がしたのは、多分気のせいではないと思う。
 そして、朱音はそのままぶっ飛ばされると、後ろの壁に激突し、その場に倒れこんだ。


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