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 「リセリア、今日は随分とご機嫌斜めですね」

 登校途中の今、のほほんとそういう彼女の顔を見ながら、私はあくまで顔色を変えずに何でもないと答えた。

 正直言うと、昨日学院長から頼まれた件のせいで、ずいぶんと不快な気分にさせられている。面倒ごとばかり押し付けられる此方の身にもなって欲しいと思う。

 
それよりも、今驚かされるのは彼女の洞察力かそれとも女の勘とも言うべきものか。私とて、常に感情の波を周囲に感じさせないように、何事も動じぬ佇まいをしているつもりだ。だが周囲は騙せても、彼女だけには直に感じ取られてしまう。隣で穏やかに私に微笑み返す彼女の底が知れないと、私はいつもそう感じる。

彼女、レイリス=フォン=シレスティアルに対して。透き通るような色白な肌に、艶やかなストレートの黒髪と、いつでも穏やかに微笑を絶やさないその表情と同様、性格はどこか抜けているところがある。だが、流石に一国の姫にもなる彼女は、やはり性格からは想像がつかないくらい勘がよい。私が唯一この場所で学院長以外に、気を許している人間(ヒューム)でもある。

そして私は、リセリア=ワルキュレイゼ。彼女の護衛。彼女の国、連合国家のレスティアに仕える魔術師。学院長、宇治源太郎とは、昔からの腐れ縁とでも言うべきか。昔は、もっと好青年だったのだが、今ではただのエロジジイに成り下がったが。
私がここに通う理由は幾つかあるが、主にはレイリスを守る為である。彼女が連合国家の姫だと知るものは、私か学院長くらいしかいない。そのレイリスを、あらゆる危険から守るのが私の任務だ。

「そう言えば……今日、新しい転入生さんが来るそうですよ。それも二人も」

 隣を歩くレイリスの何気ない一言。相変わらず痛いところを付いてくれる。
この一言で、昨日の源太郎、もといい学院長の言葉が蘇る。


それがのう……今年の編入生の中にな、連の字の曾孫が入ってくるんじゃよ

無理にとは言わんが、様子を見るだけでもしてやってほしい


(学院長はああ言っていたけど、私には何ら関係の無いこと……)

(そう、なんら関係ない……)

「そう、確かクラスメートがそんな事を言っていたわね」

 当にそんな事は知っていたものの、リセリアは素知らぬ風にそう言った。

「リセリアらしいですね」

 リセリアのその言葉を聞いたレイリスは、そう言うとクスリと笑う。

「何が可笑しいの?」

 リセリアは、レイリスの様子に小首を傾げながら怪訝そうにそう尋ねる。リセリアより少し背の高いレイリスを見上げるその瞳は、濃い深みのある緑色が美しく、腰まである銀色の髪は、白髪のような老けた感じの印象よりも、ずっと若々しく神々しく見える。
 口調とその端正な顔つきのせいか、幼げな身体つきの割にはレイリスと同年代には見えるものの、肉体年齢はよくても高校一年生あたり。実年齢は軽く二百は超えているのが驚きである。

 リセリアは、ハイエルフと呼ばれる種族で、ライトエルフとダークエルフから生まれる特殊な種族である。魔力が非常に強くプライドが高いのも有名。ある一定の年まで育つと、その後の老化スピードが限りなく遅くなるため、歳が取っていないと思われがちである。

「いえ、深い意味は無いですよ」

彼女はそう言うと、リセリアに向かって穏やかにまた微笑んだ。

それ以上何も言わない彼女の隣を歩きながら、心地のいい沈黙が訪れようとしたその時、後ろから新たなお荷物を持った訪問者が現れる。

「おはようございます。リセリアさん」

凛とした声に振り向くと、そこには二人の女生徒の姿が映る。

(あぁ、また厄介な者が来たものね……)

「おはようございます」

 内心そう思いながらも、顔色一つ変えず事務的にそう挨拶するリセリア。

「レイリスさんも、おはようございます」

 リセリアの傍にいるレイリスにも丁寧に、かつ優雅に挨拶する。その仕草からは、気品が漂う高貴なオーラが醸し出され、ここにいる生徒なら誰しも持っているオーラ、それはレイリスだってリセリアだって同じ事なのだけど、彼女のソレはさらに磨きがかかっているように感じられる。
 彼女の名は、ロザリィ=フレスヴェルグ。美しい金髪の長い髪にはカールが掛かっていて、切れ長の金色の瞳が年齢よりもずっと大人びて見せる一方、きつい印象もある。エルフに見られる特徴的な尖った耳と色白な肌から、容易にライトエルフだと言う事が想像できる。

「おはようございます。ロザリィ様、アリア様」

 やんわりそう返すレイリスは、ロザリィ傍らに佇む女生徒にも挨拶する。

「おはよう。レイリスちゃん」

 ロザリィとは違って、幾らか砕けた言い方をする彼女は、アリア=メロフィアーゼ。額に海のように深い青色の宝石を持つセイレーン種族。美しい瑠璃色の髪は肩口より少し長めに切られ、程よい健康的な肌が活発的な印象をより一層強くしている。年相応の顔つきをしているが、ロザリィやリセリアやレイリスと一緒に居ても引けをとらないことから、相当な美人であることが分かる。

「それで、生徒会長様と副会長様が、私みたいな一般生徒に何か用かしら?」

 棘があると言うほどではないが、歓迎しているとは言いがたい口調でそう言うリセリア。
心情的には、直に立ち去りたいようだが、そういうわけにも行かないようだ。

「あら、挨拶は会った人にするものですし……貴方のような方が一般生徒だなんて、謙遜しないでください」

 極めて温厚そうにそう言うロザリィだが、会った時のように穏やかな顔つきではない。その顔つきはまさしく、生徒会長そのもの。射抜くようにリセリアを見つめながら、言葉を続ける。

「勘のいい貴方のことでしたら、もう気づいているかと思いますが……この間の件、考えていただけましたか?」

(あぁ、やはりその事で来たのね……)

 予想はしていたものの、やはり受け入れる気にはなれないなと思いながら、チラリと横目でレイリスを見る。こちらも予想通りに、眉を八の字にして自分の事でもないのに困っている。

「その件なら、お断りしたはずです。私には私のやるべき事がありますし、生徒会の仕事は手伝えない、と……」

 レイリスから視線を戻し、ロザリィのことを静かに見つめ返しながら、淡々とした口調でそう告げるリセリア。

「それに、私以外にも手が空いている方々なら他にも居るわけですし……」
「貴方以上に、生徒会に必要な人材はいません。文武両道、魔術の才にしても知識にしても、何においたとしても、貴方の右に出るものがいますか? それに学院でも、貴方は生徒たちから一目置かれている存在。貴方以上の方は……!!」

 そう言うリセリアの言葉も空しく、熱弁を繰り出すロザリィ。その時、生徒たちの悲鳴と共に、正門の方角から地響きにも似た何かの破壊音が聞こえた。それも一度や二度じゃない。

「これは……?」

 反射的に正門のほうに視線を集める四人。と、次の瞬間弾けたように走りだすアリア。

「アリア!! 待ちなさい!!」

と、その後を追うように、ロザリィも走り出す。

 ロザリィとアリアの後姿を見ていた二人も、後を追うように走り出す。正門から少し離れた場所に、何かを見物するように囲っている女生徒が邪魔で立ち入れない二人に追いつくと、何事かと問いかける。

「いったい何が起こってるの?」

 冷静にそう言うリセリアに対して、トロルと生徒が戦っていると告げるロザリィ。

「あのトロルと戦うなんて……下手したら死ぬかもしれないわね」

 確か、学院長が警備員として連れてきたあのトロルは、知能が高い上に戦闘能力もピカイチだと自慢していたなと思い出す。その事を知ってるリセリアの言葉は、妙な説得力がある。

「だったら、こんな事をしている場合じゃないわ!! そこを退きなさい!!」

 顔色一つ変えずにそう言うリセリアとは違い、感情を露にし人ごみを掻き分けて無理やり入っていくアリア。

「もう、あの子ったら、後先考えないんだから……!!」

その後を、先程と同じように追いかけていくロザリィ。

「大変ね生徒会は、だから入るのイヤなのよ」

 その後姿を見ながら、今度は追いかけもしないでそう言うリセリア。本人はどうやら手伝う気は毛頭無いらしい。

「リセリア」
 
そんなリセリアの顔を険しい顔で見ながら、問いかけるようにそう言うレイリス。どことなく怒っているようにも見える。

「まさか、助けに行けって言いたいの? ……イヤよ、面倒事は嫌いって知ってるでしょ」

 レイリスから視線を群がる人ごみに移しながらそう言うリセリア。

「分かりました。それなら私が行きます」

 その返答が分かっていたのか、そう言うリセリアの脇を抜け、人ごみの中に入って行こうとするレイリス。

「……」

 その姿を無言で見ていたリセリアは、折れたように口を開く。

「……分かったわよ。貴方がそこに行けば、私は貴方の護衛役としてイヤでも行かなきゃ行けないものね」

 自分の背中に向かってそう言ったリセリアの言葉を聞いて、レイリスは嬉しそうに振り返る。リセリアはと言うと、半ば呆れ気味のようだ。

(相変わらず、私の扱い方をよく知ってるわね……)

「その代わり、貴方はここで大人しく待ってなさい。いいわね」
「……はい。分かりました」

 レイリスに向かってそう言うと、リセリアはレイリスを人ごみの中から引き抜き、自分が代わりに入っていった。一向に退こうとしない生徒を押し退けて、前に進んでいく。

と、先程と同じような地響きがすぐ近くから聞こえた。

(まずいわね……死んでなきゃいいけど……)

「……邪魔よ、退きなさい!!」

 そう言いながら生徒を押し退ける手に力が篭る。鬱蒼と茂る草を掻き分けるように人ごみの隙間を縫って歩き、ようやく最前列の生徒の腕を鷲摑みすると、無理やりにでも割って入る。

暑苦しい人ごみを抜けた開放感と共に、リセリアの目の前に飛び込んだ光景は、痛々しいまでに抉り返った地面と、鬼のような形相で仁王立ちしているトロル、その数メートル先には剣待生の制服を身に纏った生徒が横たわっている。


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