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遅かった、と一瞬そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
が、横たわったまま制服がピクリと動くのが分かった。微かだが胸のところが上下している事からも、生きているのは確認出来る。
無事とは言いがたいが生きてはいる。それにこのまま、動かないでいてくれほうが幾分か助けやすい。
(でも、その前にトロルを何とかしなきゃね……)
リセリアは、横たわった生徒とトロルの間に割って入ろうとその場に駆けつけようとするが、不意の出来事に動きが止まる。
何と、横たわった生徒がおぼつかない足取りで立ち上がったからだ。
「あ゛~、いってぇ~」
明らかにダメージが残る体を引きずるかのように、何とも間の抜けた言葉を漏らす。後頭部を擦るように手を置いていることから、どうやらトロルの攻撃を受けた際に打ち付けたらしい。
ショートカットの黒髪に、女子にしては高い背丈。精悍な顔つきと、威嚇するような目つきが印象的なその人物。見慣れない顔だと思いつつ、お世辞でも女性とは言いづらいその容姿に、リセリアは少し目を丸くする。
が、直に意識が覚醒する。
「何をしているの!! 動けるなら早く逃げなさい!!」
ここで、立ち上がるのは非常に危険な状況だという判断が付かないのかと、罵声してやりたい衝動を押さえそう訴え掛けるものの、当の本人にはそれが聞こえていないらしく、あろうことか……
「……オイ!! この緑茶野郎!! 死んだらどうすんだ!!」
と、挑発。
(何考えてんのよこいつ……)
額に手を当てながら懊悩するリセリア。馬鹿としか言いようがない、自殺行為をする目の前の生徒を見て、溜息しか出てこない。それと同時に、救済してやろうと思っていた気持ちも薄れていく。少し遠くのほうでは、アリアの怒鳴り声が聞こえていた。まぁ、その気持ちも分からなくはない。
「ダ、マレ……シン、ニュウシャ……オトナシク、ツカマ、レ……」
トロルもその言葉に負けじと反論する。攻撃の構えを崩さず、タイミングを計っているようだ。
「……いい加減にしろー!! 私は侵入者じゃなーい!!」
「イイカゲン、ニ、スルノ、オマエ……ツギ、ハ、テカゲン、シ、ナイ」
トロルのその言葉に対して、相手の剣待生は対に堪忍袋が切れたようだ。他人であるリセリアの目からしても一目瞭然で分かるその姿は、禍々しいくらいの殺気を放出している。
「……ぬぅぅぅぅぅ、手加減しないのは……こっちの台詞だー!!」
怒りを籠めたその言葉を発しながら、その剣待生はトロルに向かって走っていく。
(どこまで馬鹿なのよ。そのまま行っても、返り討ちになるのが関の山じゃない!)
「何してるの!! 返り討ちになりたい……」
リセリアは、その生徒を制止させようとその背中に向かってそう言いかけるものの、当の剣待生は何を思ってか、トロルの横を全力疾走で通り過ぎていく。見当違いの行動に、リセリアは更にあの剣待生がよく分からなくなった。馬鹿なのは見るからによく分かるが、もしかしたら頭のネジがイカれてるのかもしれない、とそんな気持ちは一層強まったが。
トロルも、そんな生徒の行動が理解できず、棍棒を握ったままその場から剣待生を見送っていた。と言うか、厳つい顔のせいで顔色が読みにくいが、どこか唖然としていたようにも見える。確かに、あんな台詞を吐いたのだから、普通は戦いを挑みに行くと思うのは普通のことだ。
そんな、よく理解の出来ない剣待生はと言うと、正門の方向に走っていた思いきや、途中で鞄を拾うと慌てて鞄を探り出した。どうやら、トロルから逃げている時に落としたらしい。
そして、ようやく探していたものが見つかったのか、鞄から何かを取り出す。一瞬武器かと思ったが、どうやら篭手のようだ。ソレを、慣れた手つきで手に着けると、トロルの方に向き直り、声を張り上げ宣戦布告紛いの言葉を叫んだ。
「……よし!! 掛かって来いやー!!」
その言葉を聞いたトロルも、棍棒片手に向かっていく。巨体の割りにスピードあり、その上破壊力があるあの武器が曲者だ。一撃でも当たったたら致命傷は確実、あたり所が悪ければそれこそ跡形も無く吹き飛ぶ可能性もある。
リセリアから見て、あの生徒が魔術を心得ている用にも見えない。挙句、今日からこの学院に入る生徒が、戦闘など果たして出来るのか。
ここでリセリアが止めに入れば、あの生徒も無事で済むわけだが、少なからず、あの生徒がこれから何をするのかという興味が湧いた。ここにレイリスが居れば、助けに行かないわけには行かないのだけれど、幸運なことにレイリスはこの群がっている生徒が邪魔で入って来れないし、リセリアとの約束でその場から動けない。そして眺めるには、もってこいのこの場所も確保できたわけだし。
(死ぬ前に助けてあげれば言い訳だし。トロルだって元々殺す気は無いから、別に問題ないわよね)
かなりの問題があると思われるが、リセリアは観戦する気はあるが今のところは助けに行く気は無いらしい。
突進するトロルに怯まず、相手を迎え撃つ剣待生は、流れるような動作で構えの姿勢を作る。どの武術にも精通しない独特な構え、その姿にリセリアは驚きを隠せなかった。印象深いその構えを、リセリアはよく見知っていたから。
「連次郎……」
ポツリと無意識下で漏れたその言葉、発した張本人であるリセリアは慌てて口元を押さえる。
「まさか、あの子が……?」
(連次郎の……血縁者なの……)
棍棒で殴られた直後の身体は、麻痺したように痺れていたが、ようやくその麻痺も引いたのか、身体を動かすことが出来た。
後頭部に残る痛みが一際強いのが気になるけれども、とりあえずは身体は動かせる。もしかしたら、この衝撃のおかげで頭が賢くなっているかもしれないと、密かな期待をしている位の心の余裕もバッチリだ。戦況は、圧倒的に不利だけれど。
(あいつが殺す気だったらヤバかった……、あの世逝き決定だったな……)
自分の身体がここまで頑丈というのも、女としては考え物だが、流石にこの時ばかりは親と神に感謝せざる得ない。
まぁ、そのおかげで、この年になっても彼氏すら出来ないわけだが。今の状況を考えると、それも納得している。何たって、自分目掛けて突進をしてくる相手を向かえ討とうとしているのだから。そしてその相手は、人ならまだしも自分より何倍も巨体を持つトロル。普通の女子高生なら、ここは可愛く逃げ回っているのが普通だ。そして、イケメンな彼氏が素敵にかっこよく助けに来てくれる。
でも、その条件は逃げ回っている子が、女の子らしく可愛いから起こりうる状況なわけで、朱音自身もそれは確実に自分には起こりえないことを知っている。
だからこそ、自分の身を自分で守るための最善の方法を選択し、朱音は最初のうちは逃げ回っていたのだ。だが、朱音は武器を取り出し迎え撃つと決めた。
その理由は……
「キレたぞこんちくしょうー!!」
そう、朱音が今叫んだ通り、怒りが頂点に達して迎え撃っているのだ。これこそ世間で言う無謀な輩。
篭手に包まれた拳を強く握り締めながら、朱音は攻撃の構えを取る。棍棒を振りかざしながら突進するトロルが間近に迫る危機感が、朱音の身体を駆け巡り、闘争心に火を点けた。
そして、迫りくるトロルの一撃が振り下ろされた瞬間。朱音の身体は、全力で疾走した後のような熱を持っていた。
その熱を帯びた身体を動かし、トロルの攻撃を寸前のところで避けながら、これから攻撃を繰り出すための右手に力を込める。
その瞬間、誰よりも先に朱音に対する異変を感じたのは、遠巻きに朱音とトロルを見ていたリセリアだった。
(微かにしか感じられなかった微弱な魔力が、跳ね上がった……)
先程まで、朱音から感じられる魔力の波動は、普通の生徒よりも下回っていたのにもかかわらず、トロルが攻撃を仕掛けた瞬間それがあり得ない勢いで上昇したのだ。そして、その圧力を感じる程の魔力を、攻撃の要である右手に集中させていることに、リセリアは驚いた。
魔力を用いて、攻撃手段を用いたのは分かる。しかし、こうも上手くいくだろうか、と。朱音がしている事は、白魔術であり。戦闘中にそれを行う為には、針の穴を通すような集中力を乱さずに行わなければ、魔力を一箇所に集めることは到底出来ない。
ソレを、ここに来て授業すら受けていない編入生がスムーズとは言えないが、それを成功させた。
その驚愕の事実を、目の当たりにしたリセリアの口元は笑みで歪む。好奇心と呼ぶべきその電気信号が、ゾクゾクとその身を震わせる。あまり危険のないこの学園で、隠居生活をしていたリセリアにとっては久しぶりに感じる感覚。
リセリアは、自分の近くに迫る二つの影の存在に気づかないほど興奮していた。そして不意に掛けられた言葉というか怒鳴り声で、ようやく自分に近づいた人物が居るのに気づく。
「リセリアさん、手を貸してください!! あのままでは……!!」
「死んじゃうわよ!!」
冷静さはあるものの、困惑気味のロザリィの言葉とそれを継ぐようにそう言ったアリアの二人が、リセリアのすぐ近くに佇んでいた。どうやら、人ごみを掻き分けてここまで来たらしい。
「あのままチョロチョロ逃げ回っても、ペシャンコにされるのは時間の問題だって、貴方にだって分かるでしょう!!」
ビシッと、トロルと朱音の方を指差し、どこか怒りが混じったその言葉をリセリアにぶつけるアリアは、ロザリィとは違って冷静さを全く感じさせない勢いだ。
「……そうかしら」
そんな、アリアの言葉に怯まず、リセリアはポツリと言葉を漏らした。
「私は、そうは思えないわ」
そう付け加えると、リセリアはまた観戦するように、朱音とトロルへ視線を戻した。そのリセリアの態度に、アリアは怒りが沸々と湧き上がるのを感じずにはいられなかった。
「どこをどう見ればそんな事が……!!」
言えるのよ、と言おうとしたアリアを静止させるように、ロザリィはそっとアリアの前に手を翳す。そのロザリィの行動に意味が分かったのか、アリアはそのまま口を噤んだ。そして、それを確認したロザリィが口を開く。
「何か、根拠でもおありなの?」
務めて静かにそう尋ねるロザリィ。先程のリセリアの言動と、顔色から何かを感じ取ったようだ。
「さぁ? それは見ていたら分かることだと思いますけど……」
リセリアがそういい終えると、その言葉を信じたのかロザリィもリセリアと同じ視線の先を見る。アリアは、まだ納得がいかないといった顔をしていたが、ジロリと横目でロザリィに見られ、渋々動向を見守るしか出来なかった。
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