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「大体、あっ君が何にも言わずにどこかに行くのが悪いんだからね。ペットはペットらしく、ご主人様に付き従えばいいのよ」
「私は、お前のペットじゃない……」

 あの後朱音は、雅美を独りぼっちにした罪?やらで、朝食を奢らされたあげく、登校途中の今は、鞄を持たされている始末である。

「私にこれだけ可愛がられているんだから、ペット扱いなんて安いものでしょ」
「お前の可愛がるは、暴力と罵るで構成されているのか?」

 いかにも怪訝そうに朱音がそう言うと、雅美は何も言い返さず、ただひたすら笑顔で朱音に微笑みかけている。朱音は、その底が知れない雅美の笑顔を見ながら、悪寒を感じて口を閉じた。
これを分かりやすく言えば……

(まだお仕置きが足りないようね。いい加減減らず口が多いと打ち殺すぞこのヤロー)

……を笑顔で伝えているのである。その信号を、朱音は見事にキャッチした。

 いつもの様に、雅美が手を出してこないのは、自分たち以外に登校途中の生徒が数多く居る事もあり、ここで朱音の事をたこ殴りにしている所など目撃された日には、雅美の株は大没落の道を辿るこことなる。

雅美のサディストの性格が今も周囲の人々にばれていないのは、天才的な演技力と猫かぶりが不気味なほどに上手いという特技のおかげであり、雅美の親であるおじさんまで騙されているのだから、他人が騙されるのにも納得がいくような気もする。
周囲の人々の前では、清楚可憐で文武両道の才女、笑顔が眩しいお姉さま的存在。
朱音の前では、人のことをペット呼ばわりするサディスト。
随分と酷い差である。

「……顔がよくても、中身がどす黒いってのは性質が悪いな」

 雅美の鞄を持ちながら、小声でそう言う朱音。

「何ぶつくさ文句言ってんのよ」

 隣を歩いていた雅美は、唐突にそんな事を呟いた朱音の顔を見ながら、怪訝そうに尋ねる。

「あー……ははははは、なっ、何でもない」
「ふーん。どーせ、イヤラシイ事でも考えてたんでしょ。朝から気持ち悪い」

 軽蔑を籠めた目で朱音の事を見ながら、何時もと同じように毒舌をフル活用する雅美。

「……あのね。私は断じてそんな事考えてない」
「口では、何とでも言えるじゃない」

 「可愛くない女だな」、とでも言ってやろうかと思ったが、口では敵わないと悟った朱音は、その言葉を飲み込み黙ることにした。

 無言で歩く、二人。しかしその沈黙も、長くは続かなかった。

「ねぇ?」

 雅美は、前を向いたまま目線を朱音と合わせずに、話しかけた。

「あ?」

 朱音は、雅美に視線を向けたが、それでも変わらず雅美の視線は前だけを見つめていたので、朱音もまた視線を戻して言葉を続けた。

「何だよ?」
「何か私に言うこと無いの?」

 雅美のその言葉に、朱音は答えが見つからない。

(もしかしてさっきの事、まだ根に持ってるとか? いや……、それはもう謝ったしなー)

 う~ん、と首を傾げながら考える朱音の顔を横目でチラリと見た雅からは、小さな溜息が漏れる。

(鈍い……)

「制服」

雅美は、やはり前だけを向きながら、ポツリとそう言った。

 雅美のその呟きを、唸りながらも聞いていた朱音は、雅美の制服姿に目を落とす。濃い紫色の制服に白のワイシャツ、太ももが露になっている紫色のミニスカート。朱音が着ている、剣待生の制服と同じ軍服のような形はしているものの、胸元はタイリボンではなく、紫色の可愛らしいリボンになっている。そのせいか、しっかりとしたイメージがある剣待生の制服よりは、幾分か可愛いイメージが強い。まぁ、多分これも、あの糞ジジイ、もといい、学院長の趣味だろうが。

(制服? ……あぁ!!)

 雅美の制服姿を見ていた朱音は、答えが見つかったのか何かに気が付いたような顔付きになったのを、雅美は見逃さなかった。

(まぁ、ここまでヒントを出せば流石にね……)

「そういやー、剣待生はタイリボンだけど、魔術特待生ってリボン何だな。気が付かなかったよ」

(前言撤回……。やっぱり、こいつ究極馬鹿な上に鈍いわ)

 自信満々にそう答える朱音を、雅美はジド目で睨みながら今度はこれ見よがしに大きな溜息をつく。
朱音はというと、雅美のその態度に多少の焦りを感じたものの、本人にはそれ以外の答えが浮かんでこないようだ。もちろん、雅美には朱音の顔を見れば、朱音が今どう思っているかくらい簡単に想像が付く。

「もう、今日初めて制服を着た女の子に対して、何か言う事ないの?」

 雅美は剥れながらそう言うと、朱音と視線を合わせようとしない。その姿は、どこか拗ねているようにも照れているようにも見える。

「あぁ? 何だ、そんな事かよ」

 朱音は、半ば飽きれながらそう言った。

「大体、お前に似合わない服とかねーじゃん。性格はともかく、スタイルと顔はいいんだし」
「何よ、性格はともかくって」

 どこか引っかかる言い方をする朱音だが、これを直訳すれば、「可愛いから何着ても似合うよ」、と言う事になる。
雅美は、朱音の言い方を熟知しているため、直訳の方もちゃんと分かっている、しかし、どうしても引っかかる言い方の方にも反論してしまうのは、雅美の性格上致し方の無い事のようだ。
内心、朱音のこの言葉で喜んでいるのは、確かなようだ。当の本人には、決して見せないが。

(それにしても……あっ君って、ほんとに鈍いのよね。その上、天然口説き魔だし)

 雅美曰く、天然口説き魔とは、本人にそのつもりはないものの、自然に出る言葉で相手を口説き落とすという恐ろしい能力らしい。朱音の場合は、同性にしか通用しないらしい。

 雅美は、そういう風に思われているとも知らない朱音の顔を見ながら、食堂でのことを思い出していた。

(こんなんじゃ、本当にあの時の事も分かってないんだろーな……)

 罰として朱音に奢らせた朝食を済ませ、朱音と共に部屋に戻ろうとした最中、食堂でのざわめきの事を朱音は気にしていた。
もちろん、雅美に対しての礼賛が原因でもあったが、朱音のことを言っていたのも確かである。

本人が言うには、「体格の良い、筋肉質なゴリラが来たとか、絶対言われてる」と言っていたが、雅美が思うには、確かにそういう声もあるかもしれないが、よく考えればここは女学院であり、異性である男子にそう言われる事は多いかもしれないが、女性しかいないこの場所で、そこまで朱音に対しての否定はないだろう。
朱音はどちらかと言えば女性に好かれるタイプだと雅美は思っている。
確かに、朱音のようなタイプを女としてどうかと思う女性もいるが、逆に憧れを持つ子もいるだろう。

ましてや、ここは男子禁制の女の園、可愛い子にしか興味が無いという子ばかりではない。男性がいない分、女性なのだが、中性的なルックスや性格をした者に惹かれる子は、必ずと言っていいほどいるだろう。

雅美が通っていた学園でも、朱音と似たタイプがいたので、これははっきりと断言できる。オマケに、朱音は天然口説き魔という、随分と悪趣味な特技を持っている。その証拠に、早速今日の今朝方、同年代の女性と仲良くなってきたらしい。

(まぁ、何にしても……あっ君は、私の所有物。言い換えれば遊び道具よ!! 私の許可無くしては、誰にも渡すつもりはない……現金なら考えなくもないけど)

 最後の発言には、かなり問題があると思われるが、これも雅美の性格上致し方の無いことのようだ。

 雅美が、そんな事を悩んでいたとき、朱音はというと、眉間に皺を寄せながら何かを考え込み、隣を歩く幼馴染に話しかけることを渋っていた。雅美がこう言った顔をしている時は、決まって機嫌が悪いか、何か善からぬ事を考えているしかないからだ。しかし、今回の場合は、後者は殆ど無いだろうと朱音は確信していた。

その理由は、雅美が後者の方を考えている場合の殆どは、心底嬉しそうに口元を歪めているからである。年頃の女子が見せる無邪気な笑顔などとは到底言えない、邪悪な笑み。

だから朱音は、尚の事話しかけるのを渋っていたのである、後者で無いならば、前者の機嫌が悪いと言う事になる。今朝の事はもう謝罪もしたし、強制なのだがお詫びも籠めて、朝食を奢り鞄まで持っている。その事は、雅美も許してくれたし、自分がまた原因を作るような事はしていないつもりだ。話しかけでもして、自分がやっていないことまで当たられては身が持たない。

 そう思いながら、沈黙の中、静かに並んで歩いていた朱音だが、しょうがないか、という心の踏ん切りが付いたように、朱音は雅美から視線を道の先へと移す。と、先程まで遠くに見えていた、アスガルド女学院の正門が間近に迫っていた。寮と同じような西洋風の、お洒落で気品が漂う造りをしているのが見て取れた。



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