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 ここは、アスガルドに通う学生が住まう寮が存在する島。この島には、主に三つの寮が存在する。幼稚舎から大学まであるこの学院には、一つの寮だけで生徒全員を住ませることは不可能。そのために、小等部と中等部、高等部と大学部、幼稚舎と分けられている。

「おお!!すっげぇ―――――!!」

 朱音は寮を目の前にして叫ぶ。それもその筈、目の前には寮と称される、上品な造りをした屋敷が佇んでいたからだ。それに、寮などと言う言葉が似合わないほどの高貴なオーラが滲み出ている。

「ほんとー綺麗でお洒落だし、気に入っちゃった」

 雅美は、目を輝かせながらそう言うと、早く入ろうよと言わんばかりに朱音の袖を引っ張る。

「おっ……おい!!」

 朱音は、袖を引っ張られながら、雅美と一緒に寮の門を潜る。寮から正面玄関までは、ざっと十数メートル近くある。それまでの間は、手入の行き届いている庭が続いていた。

「まず先に、寮母さんに挨拶に行かなきゃねー。菓子折りちゃんと持ってる?」

 雅美は朱音の袖を引っ張り、そう言いながらグングン正面玄関まで進んでいく。

「空港で、散々母さんに持たされたよ……」

 朱音が持参した荷物は、刀と小物を幾つか持っただけだった。しかし、空港に着くなり、母親が購買で菓子折りを買占め、それを朱音に持たせたのだった。

「いいお母さんじゃない。少しは、あっ君も見習わなきゃね」
「どーゆう意味だ……」
「そのまま意味だけど。あっ君、律儀だし礼儀正しい所はあるんだけど、気配りが少し欠けてる所があるじゃない」
「……性格に難ありのお前に言われたくないね」

そんな雅美の言葉に対して、朱音は雅美に聞えない程度の声で、ボソっと嫌味を言った。

「あっ君も懲りないわね……」

 雅美は微笑を浮かべそう言うと、朱音の袖を力強く握りなおす。そして、強く引っ張りながら正面玄関へと朱音を投げ飛ばした。正面玄関までの距離は僅かニ・三メートルであり、雅美位の力の持ち主ならば、自分よりも体格のいい朱音をそこに激突させる事は、造作もない事だった。

「おぶぁ!!」

 朱音は、見事なまでの勢いで正面玄関のドアに衝突し、奇妙な叫び声を漏らすとその場に倒れこむ。

「それじゃあ、早速失礼します。……ほら、あっ君いつまで寝てるのよ。邪魔でしょ」
「……インターホン代わりか私は」

 雅美は、倒れこむ朱音を尻目に、ドアに手を掛け扉を開くと、平然と朱音に声をかける。そんな朱音は、倒れたままの姿でひしひしと自分がどれだけ哀れかを感じていた。

寮には、扉を開けてすぐの所に管理人室があった。迷路のアトラクションの受付のようにも思えるその姿は、赤い絨毯が敷かれている長い廊下のせいだろう。廊下の行く先々に飾られている金色ランプは、まだ灯りが燈されておらず、装飾品の役割を果たしている。そして、寮内にある窓からは、暖かい日の光が漏れていた。

「すっご~い!! 広いし綺麗だし!! 最高~!!!」
「うるさいな……。建物の中何だから静かにしろよ」

 屋敷の内装がかなり気に入ったらしく、雅美は辺りを見回しながら目を輝かせている。このアスガルドに着てからと言うもの、雅美はあるもの全てに感動している。そんな姿を可愛いと思いつつも、ドアに激突された恨みがあったため皮肉を言う朱音。

「何よ、いいじゃない別に~」
「はいはい、そうですね。……それより、挨拶行くんだろ。早くしろよ」

 朱音は、自分の事を睨む雅美の顔を見ずに、さっさと歩き出す。

 赤い絨毯の上を歩きながら管理人室の前まで行くと、そこには窓口があり、ガラス越しに三十代後半位だろうか、煎餅を齧り雑誌を見ている寮母さんらしき人が、卓袱台を前にして座っていた。朱音は、そんなおばちゃんの姿を凝視する。

(……何で、こんなお屋敷にいながら、煎餅に卓袱台なんだ。……おばちゃんムード全開じゃないか!!)

 豪華で気品が溢れているこの屋敷には、あまりに不釣合いな光景であると朱音は思う。雅美も同じ気持ちなのか、朱音の隣に並ぶようにして、管理人室を見つめていた管理人室には、テレビに冷蔵庫や本棚などがあり、床はフローリングではなく畳になっている。

(それにしても……こんだけ見てんのに気づかないもんなのか?)

 朱音と雅美の視線に、全くもって気づいていないおばちゃんは、呆然と暇を持て余すように雑誌を読んでいた。

(このままじゃ、いつになっても気づいてくれそうに無いな……)

 朱音は、今のおばちゃんの様子からそう感じ取り、窓口のガラス窓を軽く叩く。

 すると、おばちゃんはその音に反応したのか、雑誌からこちらに目線を替えると、朱音と雅美を見て、険しい面持ちをしながら窓口に駆け寄り、勢いよく窓を開け、朱音に向かって挨拶もなしにいきなり怒鳴りだした。

「コラ!! あんたここは女子寮だよ! 勝手に入ってきちゃ駄目じゃないか!」
「えっ……あーいや、その……」

 そんな、突然のおばちゃんの怒鳴り込みに、朱音はたじろぎ、なんと答えていいのか分からずしどろもどろな声を出す。
そして、おばちゃんはというと、今度は隣の雅美の方を見て、管理人室から恐ろしいほどのスピード感溢れる、俊敏な動きで廊下に出てくると、雅美に対して怒り出した。

「あんたも!! いくら寮生活が寂しいからって、男連れ込んじゃ駄目じゃない!!」

 完璧なまでに朱音を男だと思い込んでいるおばちゃんは、どうやら雅美が寂しさゆえに朱音を連れ込んだと思っているらしい。朱音と雅美の身長差は約十五センチはある、言うまでもないが朱音の方が身長は高い。この類の勘違いは、朱音の容姿を見れば無理は無いものの、軽くショックを受ける朱音であった。
雅美は、そんなおばちゃんの言葉に一瞬戸惑ったものの、何かを思いついたように朱音の方を見て、薄っすらと口元に笑みを浮かべていた。邪悪な笑みを……

「……ごめんなさい。でも、あっ君に、寮に行かせてくれないなら別れるって言われて、私……」
「は!?ちょっ……ちょっと待て!!」
 
 雅美は瞳に涙を浮かべながら、凄まじい程の演技力で、とんでもない大嘘を最悪なタイミングでつく。朱音はそんな雅美の言葉に耳を疑い、否定しようとするが、おばちゃんはすっかり雅美に騙されてしまい、また怒りの矛先は朱音に変わった。

「あんた、こんな純情そうな子を捕まえて……部屋に連れ込んで何するつもりだっただね!!……はっ!!まーさーかー!?」
「ちっ……違います!!誤解です!!こいつが大嘘こいてるだけで……!!」

「問答無用!!!」

 おばちゃんはそう叫びながら、何処からとも無く出した箒で、朱音の脳天目指して振り下ろした。

「うぎゃぁぁぁ――――――――!!」

 その時の、朱音の叫び声は、寮内にいる全ての生徒の耳に届いたと言う。

 

                    ―――数十分後―――

 

「いやぁ~悪かったわね~。まさかあんたらが、噂の編入生だとは思わなかったわ」

 管理人室内で、おばちゃんはお茶を啜り、悪びれもなく笑いながらそう言った。

「いえいえ、全然気にしないでください」
「……いや、ちょっとは気にしろよ」

雅美は、最高級の愛想笑いを浮かべながら、おばちゃんにそう言った。朱音はそんな雅美の言葉にツッコミを入れながら、先程のおばちゃんにやられた傷の痛みに堪えていた。来た時よりも、衣服が乱れ、気のせいか顔には擦り傷や引っ掻き傷まで見られ、傷口は仄かに熱を持っていた。
あの後、朱音は箒やら何やらで殴られ続け。数分前に、やっとの事でおばちゃんの説得が成功したところだった。

「あっ、それはそうと。これ、つまらない物ですけど、あっ君と私からです」

 雅美はそう言うと、卓袱台の上に、カステラと饅頭が入っている箱を重ねて置いて、スッと滑らすようにおばちゃんの前に差し出した。

「あっらぁ~ほんと何から何まで悪いわね~。後で、美味しく頂くわ~」

 おばちゃんは、箱を受け取ると、そのまま自分の横に置く。

(受けとんのかい!!)

 自分にここまで怪我をさせたくせに、平然と菓子折りを受け取るおばちゃんに不満があるものの、また殴られるのを恐れているせいか、心の中で些細なツッコミを入れる朱音であった。

 

 


「あーマジ災難続きだ……」

 おばちゃんから部屋の鍵を受け取り、朱音と雅美は自分の部屋に向かうべく、赤い絨毯の上を歩いていた。

「コラコラ、そんなに暗くなっちゃ駄目よ」

 かなり機嫌の悪い朱音の横を歩きながら、雅美は宥めるようにそう言った。

「誰のせいだっ!! 誰の!!」
「何よ、私のせいだって言うの?」
「当たり前だろ。お前が大嘘こかなければ、こんな怪我しなくて済んだだろうが」
「あっ君が軟弱なだけじゃない」

 擦り傷や引っかき傷がある、自分の顔に手を当てながら、朱音は横目で雅美を睨み愚痴を溢す。そんな朱音の愚痴に対して、不満丸出しで言い返す雅美。
そんな言い争いをする中、ある疑問が朱音の頭に浮かぶ。

「なぁ、雅美」
「何よ」
「さっきから、思ってたんだけどさ。……他の寮生って何処にいんの?」

 そう、寮に入ってから会った人は、寮母のおばちゃんだけであり、寮生には一人も会っていなかったのだ。朱音と雅美以外に廊下を歩いている人もいないため、二人の足音以外は何も聞こえない。それも今日は日曜日であり、学校は明日から始まる。学院長が言っていた娯楽施設や、ショップにでも行っているのかとも思ったが、寮生全員でお買い物など普通はしないし、寮に残る人もいるだろう。そういった事を踏まえれば、寮で寮母さんと朱音と雅美だけと言うのはまず考えられない。

「そうね……あっ君、今何時?」
「ん、あぁ。今は……十二時半ちょい過ぎくらいか」

 雅美もその疑問を持っていたのか、少し考えて、朱音に時間を尋ねる。
朱音は、左手についている頑丈そうな時計を見て、時間を答えた。

「……その時間帯だと、食堂でランチ中じゃない」

 雅美は、朱音が答えた時間で、確信を得たようにそう言った。

「あぁ、なるほど。飯か……」
「飯じゃなくて、ご・は・ん。あっ君は、口が悪すぎなのよ。……ここの食堂ってね、大体朝から夜の九時くらいまでは開いてるんだけど、朝食は七時半から八時半まで、昼食は十二時から一時半まで、夕飯は六時半から八時までの時間帯しか、ランチは出さないの。その時間帯以外の時間は、主にカフェをやっていて、寮生のためのティータイムで使われているの。だから、食堂以外にカフェテラスまであるのよ」

 雅美は、朱音の言葉遣いを注意しながら、無知な朱音に一通りの説明をする。殆どの学校の食堂は、ランチタイム以外は閉まっているだが、ここは仮にもお嬢様学校なので、ランチタイムが終わればカフェを開き、お茶を出しているらしい。

「ふ~ん。お前よくそんなこと知ってんな」
「だって、パンフレットで読んだもの。あっ君は事前学習と言う文字を知らないの?」
「それくらい知ってるよ。……しょうがないだろ、ここに編入する事を聞いたのだって四日前だぞ。気持ちの整理だけで精一杯だ」
「私も、あっ君と殆ど変わらないわよ。その私が出来てるんだから、あっ君だって出来るはずじゃない」
「……つーか、聞きそびれてたけど、何でお前まで編入してきてんだよ」

 朱音は、かなり今更の質問を雅美にする。本当は、アスガルドに向かう飛行船で会った時に聞けばよかったのだが、雅美に会った驚きと、その後の飛行船の恐怖によって聞くのを忘れていたのだった。

「随分……聞くの遅いのね」
「いろいろあり過ぎて、聞く暇がなかったんだよ」

 そんな朱音の質問に、心底呆れたような顔をしながら溜息をつく雅美。そんな雅美の言葉に、朱音は素直に謝る事をせず言い訳をする。

「そんなに知りたい?」
「……別に」

 意地悪そうにそう言う雅美の言葉に、素直に返事をする気になれず、朱音はそう言った。朱音の性格からいって、ここで知りたいと口に出して言う事は、何となく彼女のプライドに反するようだ。
変な所でプライドが高いと言うのは、こういう奴の事を言うのだろう。

「可愛くないわね」
「お前に言われたくないよ」

 そんな朱音の性格は、雅美にはお見通しのようで、楽しそうにクスクスと笑いながらそう言った。雅美の、いつもより毒気のない言葉に反論しつつも、あまり強くは言い返さない朱音。
何だかんだで仲の良い二人は、お互いの性格も理解し合えているようだ。

「そんな事言ってても、本当は私がいてくれてよかったと思ってるくせに」
「……迷惑、メチャ大迷惑」

 朱音は、雅美のその言葉に対して、出来るだけ冷たく返す。

「何よそれ、どーゆう意味よ」
「そのまんま」
「……ふーん、あっそ。もういいですよ」

 そんな朱音の返答に雅美は、少し位素直になってくれればいいのにと思う。確かに、素直すぎる朱音なんて気持ち悪いだけだが、こう言った時位は、素直な気持ちを聞きたいものである。

雅美は、部屋に行くために上がる階段が目に付くと、朱音の先を歩く。それは、彼女が拗ねているという証拠でもあった。
朱音には、そんな雅美の後姿が視界に入り、雅美の髪が、窓から射し込めれる光によって茶色く変化するのがわかる。雅美の髪は、暗がりだと黒く見えるが、光にあたると綺麗な茶色になる。

階段を上り始めた雅美に、雅美より遅く上り始めた朱音。お互い言葉を交わさず、階段を上り続ける。
時間が殆ど経たない間に、階段を上り終え、また長く続く赤い絨毯の廊下が続いていた。殆ど時間が経っていないとは言ったが、それは二人が無言で歩き、何時もよりペースが速かっただけであり、普通の階段より長かったのは確かだ。これだけ大きい建物なら、それが普通なのかもしれないが。

朱音と雅美の住む部屋は、三階に位置している。これからまた、永遠に続くようなこの絨毯の上を歩き続けるのかと思うと、さすがに嫌気がさすが。雅美と朱音の部屋はこの階段からすぐ傍の部屋だったため、着くのに時間は掛からなかった。ちなみに、部屋番号は、朱音が310で雅美が309で隣同士である。

「じゃあ、私ここだから。……この後、すぐに料理長さんに菓子折り渡さなきゃいけないから、早くしてね」

雅美は部屋の前に着くと、鍵を差込みドアを開ける。そして朱音の方を見てそう言うと、そそくさと部屋に入ろうとした。そんな雅美を、朱音は鍵を開けながら呼び止める。

「雅美」
「……何」

 何時もよりどこか棘のある雅美の口調から、まだ拗ねているという事が感じられる。何時も馬鹿にされっぱなしの朱音にとっては、そんな雅美の姿が変に子供っぽく見えてしまう。

「……来てくれてありがとう」

 ドアを開けて、雅美の方を見つめながら、朱音は素直にそう言った。
朱音は朱音なりに、雅美に感謝をしている部分はたくさんある。このアスガルドに編入すると聞いたときも、飛行船に一人で乗った時も、朱音の気持ちは不安そのものだった。その気持ちを消してくれたのは、紛れもなく雅美であった事は、朱音は十分に理解していた。

「いっ……言うのが遅い!!」

 朱音その言葉に、柄にもなく照れたような顔しながら雅美はそう言うと、慌てたように部屋に駆け込み、荒々しく戸を閉める。
そんな雅美の姿を見ていた朱音は、一人きりの廊下で佇み、いつもあんな感じだったら可愛いのにな、と思いながら小さく笑った。


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誕生日:
1986/10/31
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