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「これまた、意味も無く金が掛かってるな」

 感動よりも、どこか呆れ気味の朱音は、訝しげに顔をしかめながらそう呟いた。そんな朱音の呟きが耳に入ったのか、雅美は反射的に顔を上げる。
その瞬間、先程までの機嫌の悪い顔から一転して、ある童話に出てくるグレーテルがお菓子の家を見つけたときのような、目をキラキラと宝石のように輝かせた子供のような顔をする。

「すっごくきれー!! お城みたーい!!」

 雅美は、無邪気な子供のようにそう叫ぶと、その場を駆け出して正門へと向かってしまう。

「雅美!! オイ、待てって! ……あー、たくっしょうがないなー」

 朱音が呼び止めているのにもかかわらず、颯爽と駆け出してしまった雅美の後姿を見つめながら、朱音は苦笑いを浮かべるが、直ぐに曇ったような顔に変わる。

まぁ、自分が猛勉強して受かり、念願の志望校に入学できた学校。と、言うわけではないのだから、朱音の反応が薄いのはむしろ普通の事だろう。

確かに、志望校ではないのも理由の一つだが、朱音がここに着て、どうしても頭から離れない疑問があった。
それは、自分がここに来ることになった本当の理由。

受験も面接も無しに、入学は決定。多分願書すら出されていないだろう。教育義務もくそも無い、心底おかしな話。それに加えて、伯父が言っていた空虚な編入の理由。いくら鬼宮の家の権力が木の根のように、根強く張り巡らされていたとしても、よく議員のやつらがあの身勝手な家の理由だけの編入を、弾劾すらしないで黙っていたと思う。

それとも……、議員の者もそれを承知した……と、言うことか……?

それに、何故学院長もそれを受け入れたのか?学院長には、何の徳も無い上に、世間的にも大きな問題にもなるし、雅美のように、全国模試で常々トップクラスに入るものなら、どんなに高いランクの学院も欲しがるのは分かる。なのに何故、自分のような偏差値もろくに高くも無いやつを入れたのだろう。お荷物になるだけなのに。

 異例の入学許可、早すぎる転入、議員の暗黙、伯父の空虚な理由、そして何よりも……

 雅美は……何故黙っている……?

 雅美は、朱音よりも何倍も勘が鋭い、その事は朱音自身も分かっている。だから、その雅美が、朱音が気づいているのにもかかわらず、気づいていないのはありえない。
そして、それを気づいているのに朱音に言わないということは、何かを隠していると言う事になる。言えるのに黙っているのか、それとも、言いたくても言えないのか、定かではないけれど、やはり隠されていて好い気にはなれない。
しかし、雅美にその事を問いただしたところで、きっと答えてはくれずに、上手くはぐらかされて終わるだろう。

 朱音は、軽い溜息を吐きながら、自分を憂鬱にさせている元凶を見る。
と、朱音が考え事をしている間に正門を潜り抜けていた雅美は、朱音が自分を見ていることに気が付いたのか、笑顔で手招きをしている。

(あ~、そんな顔をされるとなおさら聞きにくい……いつもみたいに、ドス黒いままでいてくれた方が、幾分か聞きやすいんだが……)

 そう思いながらも、雅美のそんないつもならあまり見れない無邪気な顔を見ると、つい、このまま聞かないほうがいいのかも、とも思ってしまう朱音。

(まぁ、今は聞くべきときじゃないのかもな……。もう少し、自分で考えてみよう。多分雅美のことじゃ、私のことを思って黙ってくれていると思うから)

 あいも変わらず甘い考えだな、なんて思い、自嘲気味にもう一度苦笑いをすると、朱音は雅美の姿を捉えたまま、軽く走りながら正門へと向かう。が、在る物が視界に入り、朱音は反射的に足を止める。
この時、朱音が足を止めた理由は、正門があまりに美しく、思わず足を止めて見惚れてしまったわけではない。

その理由は、朱音がソレを見てあまりにも怪訝そうに顔を顰めていたからである。朱音が食い入るように見ていた先には、濃い緑色の肌をしたトロルの置物が飾られていた。

 トロルとは、怪力でかつ凶暴、全長は約二メートル以上はあり、知能が低く見境が無いのでも有名な種族だ。ごく一部だが、知能が発達した者もいると聞いたことがあるが、朱音が今まで出合ったトロルは全て前者だった。二足歩行で歩き、筋肉質な体格に物を言わせ、棍棒を振り回しながら襲ってくる姿は、民間人にもかなり恐れられているし、朱音のように特殊な血族で、戦闘訓練を積んだ者出なければ、倒せる見込みは限りなく不可能に近い。主に、廃墟や森に生息し、肉食。
そんな、あまり縁起も見た目も良くないものが、華やかな装飾がしてある正門前に飾ってあったら、顔を顰めたくなるのも頷ける。

(悪趣味だ……あのエロ学院長の趣味か?
しっかし、よく出来てるなー。持ってる棍棒も……あの、厳つい顔も……)

 正門を守るように佇むトロルの置物を凝視していた朱音は、不快感を覚えながらも一歩を踏み出し、門を潜ろうとした。朱音の視線の先には、無邪気に騒ぎながら「早くー!!」と、叫ぶ雅美の姿がある。

(いつもあんな感じなら、可愛いのになぁー。勿体ない勿体ない、……?)

 雅美の姿を見ながら、そんな事を考えていた朱音は、ある違和感を感じて、ふと足を止める。ここ最近感じていなかった、自分の身体に纏わり付くような拭いきれない感覚と、刀の切っ先を向けられたかのような威圧感。何者かから、自分に向けられた殺気。
いつもなら、もっと敏感に反応できているはずのその感覚を、久方ぶりに感じたせいか、反応が遅れてしまった事を悔やみながら、朱音は体制を整えようとした直後、ある物が朱音の目の前に叩きつけられ、鈍い地響きと共に、地面伝いに衝撃が朱音の足に伝わった。後数十センチずれていたら、朱音の頭は踏まれた饅頭のように、潰れていたことは確かだ。

「うおぉぉおおおっ!? 何だこりゃぁぁ!?」

いきなりの出来事に、一瞬反応が遅れて後ろに後ずさりするものの、勢い余って尻餅をつく朱音。

正門前にいた生徒や登校と途中の生徒は悲鳴をあげ、その場に立ち尽くす者もいれば、蜘蛛の子を散らすように逃げる者いる。
流石に、見ず知らずの編入生の朱音を助けるような、正義感溢れる生徒はいないようだった。

「あっ君、大丈夫!?」

 一足先に正門を潜り、朱音を待っていた雅美も、他の生徒と同様にその現場を同じように目撃していたが、あわてて朱音の元に駆けつけようとした。
 が、正門に出来た人だかりのせいで思うように前に進めない上に、今出て行っても、自分には何も出来ない雅美は、その場で成り行きを見守るしか出来ない。

尻餅をついた状態のまま、朱音は目の前に叩きつけられた物を凝視すると、それに見覚えがあった。いや、つい先ほどまで目に留めていた物。正門前に佇んでいた、トロルが所有していた棍棒。地面にめり込んでも、元の形状を維持したままのだと言う事から考えると、レプリカではなくオリジナルらしい。
そして何よりも、朱音が不運に感じたことは、その破壊力抜群な棍棒をしっかりと握り締めた、濃い緑色の肌と、筋肉質な在り得ないほど太い腕が、棍棒と共に朱音の視界が捉えていた事だった。

(おい……なんで目の前に棍棒が……? ていうか、アレ置物だよね?)

 突然の出来事に混乱する中、朱音は意を決して棍棒から伸びている手を辿るように恐る恐る視線を移していく。
 そこには、厳つい顔をしながら朱音を見下しているトロルが一体。

「嘘だろぉぉおおお!!」


後編へ

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