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 乗務員さんのもとへ行き、乗用手続きを済ませて荷物を預けると、そのまま飛行船に向かう。もちろん、防犯のため刀が入っている竹刀袋も預ける結果になった。
 飛行船出発時刻までの間、ターミナルで待つ事も出来たが、私は機内でゆっくり休む事を選んだ。ターミナル内には人が混雑しており、私的には迷う可能性が非常に高いと確信したため、早めに機内に行っていた方が得策だと思ったからだ。
 飛行船に辿り着くまでの道のりを、何度か乗務員や道行く人に尋ねつつ、何とか目的の飛行船にたどり着く。我ながら相当なまでの方向音痴だと言うことに、今更ながら気づかされる。
 そんな事に、軽いショックを受けている私の目の前には、筆記体でアスガルドと書かれている飛行船が一機。乗用人数は、二百は軽く入ってしまいそうである。

 

 私は、今まで飛行船には乗った事がないのだが、幼少の頃からこの鉄の塊が空を飛ぶ事が信じられないでいた。もし、この飛行船に乗る機会が、アスガルドに行く事ではなく、旅行か何かであれば、私の胸ははちきれんばかりの興奮と嬉しさで溢れていただろうに。

だが、今の私は、そんな幸せな状況ではない。だから、私の目に映るこの何所からどう見ても素敵な船、豪華な飛行船も、今の私の目からは私の事を監獄に誘う魔の囚人船にしか見えなにのだ。

(家を出た時に、覚悟は決めたつもりだったのにな……)

 と、私はそんなことを思う。いざ、目の前にすると、どうしても躊躇ってしまうのは、私の心が弱すぎるのがいけないのだろうか。飛行船を見上げながら、もし、ここで乗らなかったらどうなるのだろうか、という考えが頭に浮かぶ。

(ここで乗らなければ……自由になれる?)

 私は頭の中で、してはならない想像をしている。
だがもしは、もしだ。現実じゃない。私はその考えを切り捨てるかのように、首を横に振る。
 その後、少し小さく深呼吸をしながら目を瞑って、心を落着かせる。

(要らん考えをするな……前を見ろ……)

 私は、ゆっくりと目を開けると、そのまま一歩踏み出す。そして、また一歩。私は、機内に向かうための階段を上がる。短い道のりが、とても長く感じられた。

 


「……」

 機内に辿り着いた瞬間に私は、一斉に視線を注がれた。機内にいたのは、数十人程度で全て女性だった。いまから向かう場所を考えれば、いるのが全員女性なのはごく当然のことなのだが、何故私をそこまで見ているのかが気になる。微かだが、ざわめきも聞える。
 そんな視線を受けてしまったせいか、一瞬固まってしまったが、私はすぐに歩き出し、自由席の真ん中の列の一番左端の窓際に座った。

(何だったんだ……今のは……?)

 私はそんなことを思いながら、言い様のない緊張感を与えられたせいで、軽く溜息を吐く。
そして、改めてもう一度船内を見渡す。と、言うか、さっきの視線が気になり、周りの人の顔を窺った。
すると、私に集まっていた視線は、さっと散っていったのに気付く。

(また……見られてた?)

 私は、席についてもなお、視線を注がれている事を感じて、居心地が悪くなりながらもそこに座りながら、窓の外に視線を移す。

(何か私おかしいのかな……?
う~ん。そこまで、変な服装してきたわけじゃないはずなんだけど……
どっか、他に変なとこ……変なとこ……顔か?……顔なのか!?)

 自分自身の事を自問自答しながら、一番最悪な答えを予想し、私は軽く憂鬱な気分になる。
普通はこの後も、自分が置かれている状況が気になったり、周りの目が気になり続けるのだが、それは常人の場合だ。この居心地の悪い空間で、ちょっと(かなり)ずれているこの、少年のような少女の性格的強みが凄まじいほど発揮される事となる。

(阿呆らし……もう考えるのやめよ。つーか、周りに何言われても、私には関係ないし)

彼女の性格は、世間では馬鹿の一言で片付けられる事が多い。その真っ直ぐなまでに素直な性格は今の現代には珍しく、賞讃に値するものだと思うが……。

 

 

――四日前――


「お父さん、お母さん……私、アスガルドに行く!!」

 洋風な部屋の真ん中に置かれている、これまた高価そうなテーブルの前に座りながら、反対側に座る、両親であろう二人の男女を真剣に見つめて、少女は叫んでいた。

「待ちなさい、雅美。何故突然そんな事を言うんだ」

 父親らしい男性は、冷静を装いながらも、どこか困惑気味にそう問いただした。隣に座る女性、こちらは母親だろう。そんな父親とは違い、ただただ、暖かく穏かな瞳で自分の娘の目を見つめ返す。
 雅美は、家から二十分ほどの所にある、名門の女学校に通う事になっていたのだが。それをやめてまで、アスガルドに行くと言っているのが、両親には理解できないでいた。

「もう、伯父さんにも頼んだわ。賛成もしてくれた」

 雅美は、力強くそう言いながら、両親から目を離さないでいた。シャンデリアの温かみのある光に照らされて、雅美の黒に近いダークブラウンの毛が淡く茶色く光り、華奢な身体は微かに震えているのがわかる。

「なっ……何を勝手にやっているんだ!!そんな事、許さないからな!!」

 冷静なふりをしていたが、雅美のこの言葉を聞いてその余裕すらなくなったらしく、父親は勢い込んで椅子から立ち上がった。

「……お父さんの言った通り、勝手な事をしたと思ってる。お父さんやお母さんにも、申し訳ないって思ってる……」

 その父親の勢いに、気圧された様に、先程とは打って変わったように雅美は、弱々しくか細い声を出す。

「……でも、これだけは譲れないの。お父さんがいくら反対しても、私はアスガルドに行くわ。……ずっと、お父さんやお母さんの言う事を、私は私なりに頑張ってしてきたつもりよ。それを嫌だと思ったことはなかったし、後悔もしたことなかった。頑張って、私がそれを成し遂げれば、お父さんやお母さんは自分の事のように喜んでくれた。私もそれが凄く嬉しかった。でも、今回だけは、私の好きにさせて欲しいの。後悔はしたくないの。お願い……」

 そんな真剣な思いを必死にぶつけながら、雅美は父親の顔を見た。父親は、苦々しく顔を引きつらせながら、テーブルの木目を睨んでいる。
 少しの間の沈黙……

「この子の好きさせてあげましょう……あなた……」

 その沈黙を破ったのは、意外にも、雅美と父親のやり取りを静観していた母だった。
最初と変わらない顔をして、やわらかい笑顔を浮かべながら、言葉を続ける。

「この子が、私たちにこんなにも、必死に訴えかける事なんて、今までなかったじゃないですか。……だから、行かせてあげましょう。雅美だって、もう大人ですし。親として、子供が後悔する道を辿らせることは、貴方だってしたくないでしょう?……それに、アスガルドは名門校ですし、然程問題はないでしょう」

 そう言い終えると、父親の方を見てもう一度微笑む。
そんな、母親の顔を見ようともせず、父親は静かに木目を睨み続けていた。

「……お父さん、お願い」

 雅美は、そんな父親の顔を見ながら沈痛な面持ちをして、最後の言葉を出した。

 不意に父親は席を立ち、その場から離れてドアの向こうに行こうとする。そんな、父親の後姿を見ながら、雅美は諦めたように肩を下げ、母親はその後姿を見つめた。

やっぱり……無理なの……

 ドアノブに手を掛けた時、父親は雅美の顔を見ずに口を開ける。

「……一週間だ」

 唐突なその言葉に、雅美は意味が分からなかった。
そんな雅美の状況を背中越しに察したように、父親は言葉を付け加える。

「一週間に一度は、連絡してきなさい。それが出来ないなら、直に連れ戻すぞ」

 そう言い終ると、荒々しく戸を閉める。

「寂しいだけなのよ。六年間も雅美がいない、なんて……」

 母と雅美、二人だけの空間になった後、母はコロコロ笑いながらそう言った。

「……うん」

 そう呟くと、雅美もほろ苦い笑顔を見せる。

 

 


『間もなく離陸いたします、乗客の皆様は……』

 アナウンスが流れ始めると、機内は一気に騒がしくなった。

「あぁ、出発か……。もう、後戻りは出来ないな……」

 憂鬱に窓の外を見ながら、私は呆然と呟く。
機内には、アナウンスと共に飛行船から発せられる機会音も聞こえてくる。私はその音に耳を傾けながら、いろいろな事に思いを馳せる。家族や友達のこと、そして……別れを告げる事が出来なかったあの子のこと。

「……また、会えるさ」 

 その言葉は、どこか自分に言い聞かせているようでもあった。遠くを見つめながら、微かに眼を細めて、一つ一つのものに別れを告げる。自然と涙が込み上げてくるのを、必死に抑えながら。

「ええい、今からホームシックになってどーする……頑張れ自分!!」

 自分で自分のことを励ましながら、グッと顔に力を入れる。こんな情けない顔、誰にも見せられない。隣に誰も座っていないのが、何よりも助けだった。

「……すみません。隣いいですか?」

 そんな、物思いに耽っている私に誰かが話しかける。近くに人が居ることに気づいていなかった私は、その驚きを顔に出さぬように、平然を装いながらも、「どうぞ」と返事をしようと、その人物に視線を移した。だが、私は相手の顔を見た瞬間その場で固まってしまった。

「お久しぶり~、元気してた~?」

 目の前の女はそう言うと、嬉しそうにコロコロ笑った。

「……」

 そんな彼女とは反対に、私は空いた口が塞がらない状態に陥っている。傍から見ても、とんでもないアホ面をしながら私は、言葉すら出てこなかった。それもその筈、今目の前には決している筈のない、別れを言えなかった彼女……六道雅美が立っていたからだ。

「もー何その顔。返事くらいしてよねー」

 雅美は顔を顰めてそう言うと、口を開けっ放しの私の顔の前で、自分の手をヒラヒラと振った。

「……」

 私は、そんな彼女の行動にも対応できず、空いた口も塞がらずの状況は変わらない。

 すると……

「……えい!!」

 そんな私の顔を冷ややかに見つめると、雅美は可愛くそんな掛け声を発しながら、私の左頬に鉄拳を叩き込む。可愛い掛け声からは想像出来ないほどのパワーが頬にねじ込まれ、私の顔に衝撃と痛みが走る。

「ぐぼぉっ!! ……なっ、何すんだてめぇ!!」

 私はその突然の痛みで我に返り、目の前の相手に激高する。

「感動の再開なのに、何よその態度!」

 と、そんな私の態度が気に入らなかったのか、雅美はむくれた様な顔をして逆に怒り出した。いきなり馬鹿力で頬を殴りつけた相手に向かって、感動しろというのも普通は無理である。

「馬鹿かお前!!人の顔殴って感動も何もあるわけねぇだろ!!」

 私はそんな雅美の顔を睨みながら、殴られた頬を擦る。

「ちょっとしたコミュニケーションじゃない、大袈裟ね……」
「お前のその馬鹿力でコミュニケーション取られてたら、いつか死ぬぞほんとに!!」

 その後、飛行船が出発するまで、朱音と雅美が言い争っていたのは言うまでも無く。見るに見かねた乗務員さんが二人を止め、飛行船は無事空港出発を果たした。逃げることの出来ない、空の監獄に向かって。


第一章《アスガルド》へ 続く

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