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      ――四日後の朝――


 鳥が囀る、晴れ晴れとした朝。
少し肌寒いが、それが逆に、弛んだ気持ちを絞めてくれるような、そんな朝。
 そんな朝に、少年のような少女が一人、布団から上半身だけを起こして、奇声を発していた。

「ぬうぅぅうううう……」

(来てしまった……
ついにこの日が来てしまった……)

 眉間に皺を寄せながら、少年のような少女は苦々しく顔を歪めた。

(どっ、どうしよう……)

 デカイ図体して、貧弱な心の叫びである。

「……やっぱり、行くしかないよな」

(鬼宮家のためって事で、承諾したけど……本当は自分の気持ちを、伯父に言えなかっただけなんだよな)

 そんな事を思いながらも、心の中では、行く事を決めてしまっている自分に対して、情けないと思いつつも、仕方がなかったんだと、自分自身を庇う自分も居る。

「……」

 そんな思いを断ち切るように、私は布団の中から立ち上がり、そそくさと着替えを始めた。少し肌寒い空気が、肌を刺激する。

 昨日までの間に、同じ高校だった友人には、理由を話し別れを告げた。皆泣きながら、電話越しに「ずっと、友達だから!!」と言ってくれた。本当は、直接会って伝えたかったが、今は実家の方に来ているため、帰る事も出来ずに、電話という結果に終わってしまった。

 アスガルドの編入の話を聞かされた後、母にその事を話すと、母は既に知っていたらしく、「行きたい所にも、行かせてやれなくてごめんね……」と、泣きながら謝っていた。多分、母も精一杯伯父を説得したのだろうが、聞き入れてもらえなかったのだろう。そんな母を、責めることなど出来るはずもなく、私は、「行きたい所が決まってなかったから、丁度良かったよ」と母に明るくそう言った。母は、その言葉を聞くと、今度は何も言わずただその場で泣き崩れていた。

 気丈だが、私や弟には限りないほどの愛情を注いでいた母にとって、伯父の考え方は許せなかったはずだ。私や弟に、何でも好きな事をやって欲しいと願っていたから。
 それでも、私があの時にこの話を断り、家族に何かされるくらいなら、好きな事なんて出来なくてもいいと、私はそう思う。私は今までずっと守られてきたから、親はそう言うものだとか言うけど、私はその恩を少しでも返したい。自分が傷つくのはもちろん嫌だ。でも、家族が傷つくのはもっと嫌だ。私は、頭も良くないし、要領も良くない。だから、こんなやり方でしか、家族を守れない。


(六年と、ちょっとの我慢だ。そうすれば開放される……)


 私は、決意を固める。もちろん、幾つかの不満がないわけではない。それでも、今更逃げる事は出来ない。

「よし!!」

 服を着替え終わり、私は誰も居ない部屋で気合を入れ、勢いよく障子を開ける。
眩しいくらいの日差しに、少し目が眩みながらも、私は歩き出す。
これから、自分が何を見つけ、何と出会うのかを知らないまま、引かれてしまったレールの上で、自分の道を見つけるために。

 

 

 その後、朝食を終え、支度を済ませた私は、親戚一同に空港まで送られた。

「忘れ物はない?何かあったら、直ぐに連絡してきなさいよ」

 母は、心配そうに私にそう言いながら、ワイシャツの襟を直す。

「忘れ物なんてないよ。殆どあっちに送られてるし。そんなに、心配しないでよ」

 私は、そう言うと、母の顔を見て言葉を続ける。

「定期的に、ちゃんとメール送るし。長期間の休みには、帰って来れるんだし。私より、お母さんの方こそ気をつけてよ。後、ばあちゃんにもそう言っといて」

 顔を顰めて、私は母にそう言った。祖母は、管理職の仕事が終わらず、見送りに来れないと、昨日連絡が入ったため、電話越しに「行って来る」と伝えた。

「あんたに心配されるほど、あたしもばあちゃんもだらしなくないよ。……気をつけて、行ってらっしゃい」

 と、母は私を見返して、そう言うと、いつものように笑って、私の肩をポンと叩いた。

「うん……」

 私は、そんな母と同じように微笑むと、照れくさそうにそう言った。

「ほら、勇真!!ちゃんとお姉ちゃんに、行ってらっしゃいっていいな!!」

 母は、そんな私の言葉を聞いた後、自分の後ろに立っている、少し背の高い少年にそう言った。

「……よかったね」

 勇真は、別れを言うわけでもなく、意味ありげにそう言いながらニヤつく。
 こいつは私の弟で、名前は勇真という。機械工学の高校に通っていて、現在一年生である。優しいところはあるのだが、性格に難有りで、ただ今オタク街道爆走中の身であるらしい。

「何がだ……」

 私は意味が分からず、顔を顰めて尋ねる。

「とうとう百合の世界へ旅立つんだね……学園生活百合一色だね!!」

 勇真はそう言うと、私の顔を見ながら堪え切れなくなったように笑った。
そんな勇真の頭に向かって、私は迷うことなく右手に持っていた刀を入れてある竹刀袋を振り下ろす。


ゴス!!!!!!!!!


 と、鈍い音が周囲に響き、勇真の頭に重い衝撃と痛みが走った。

「いってぇな!!何すんだよ!?」

 勇真は、頭を両手で抑えながら薄っすらと瞳に涙を浮かべる。流石に鉄の棒で殴られれば誰だって痛いのは当たり前である。

「……お前がそんなんだから、私が苦労するんだよ」

 耐えようもない怒りを感じながら、私は低くそう呟いた。
そう、こいつがこんな性格だから、次期当主に選ばれず、私がこいつの役目をになう事になっている事を、この馬鹿は理解しているのかと思う。

「……ちょっとしたジョークじゃん。すぐ手ぇ出すのやめろよなー」

 私の一撃が相当痛かったのか、勇真は頭を抑えたままそんな風に愚痴を溢す。

「うっせ!!これから当分の間は、お前の顔も見なくてすむからな。そこだけは、心から喜んでいる」

 私は、額に青筋を浮かべたままそう言い放つ。

「うわっ!!弟ですよ一応!!酷い姉だな。……まぁいいや、せいぜい気をつけろよな~」
「お前に言われなくても、わかってるよ。私が帰ってくるまでに、少しはまともになってろよ。じゃあな」

 私は、弟の精一杯見送りに答えつつニッと笑うと、勇真も同じように笑う。と、その時、ここ最近聞きなれていた声に話し掛けられる。

「朱音」

 私は反射的に、声のした方を向いた。
そこには、白髪交じりの、いつもと変わらない不機嫌そうな伯父がいる。

「そろそろ時間だ。別れは済んだか?当分の間は……会えんからな」

 伯父は、古い懐中時計を見ながらそう言うと、私が乗る予定の、飛行船を窓越しに見た。
私も釣られて、伯父と同じ先をみる。空港なのだから当たり前なのだが、たくさんの飛行船が空を行き交ったり、止まって静かに羽を休めていたりしている。そんな中、一際大きく目立つ飛行船に目線は釘付けになる。

 そう、あれが、私が今から乗るアスガルド行きの飛行船。
私は、アレに乗って空に浮かぶ孤島に行かなければならない……

「……気をつけて行って来い」

 私が飛行船に釘付けになっている時、伯父は私に視線を戻してそう言った。

「うん……じゃあ、行ってきます」

 私も伯父の方を向き直りながら、伯父に別れを言った。そして、少ない荷物を片手に持つと、そのまま踵を返すと、飛行船に向かって歩き出そうとした時、ふと、一人だけ別れを告げられなかった少女の事を思い出した。

 そう思った時、いつも元気よく笑っていた、一人の少女の顔が思い出された。肩より少し長めの髪を、いつもまめに櫛で梳かしていた彼女。綺麗な顔立ちをしているのだが、どこか幼げな彼女。従姉妹で、小さい頃から知っていた彼女。
 親戚会議が終わった後には、いつも人の所に来ては、私の事を引っ張りまわしていた。それは、歳が重なっていっても、何も変わらなかった。怒るとすぐ殴るし、拗ねるし、ワガママだし、だけど……

 アスガルドに行く事が決まったあの時に、その事を伝えたかった。話しを聞いて欲しかった。それなのに、今回の親戚会議に限って彼女は、来なかった。

 私は、もう一度伯父の方に振り返りこう言った。

「伯父さん……。雅美に……言ってくるって伝えといてくれる?」

本当は、人伝え何かじゃなくて……

 伯父さんは、頷きながら右手を上げる。それは了解の合図。母や弟達も一緒になって手を振った。わたしも、それに答えるように、手を振り返しながら、歩き出した。
空に浮かぶ孤島に行くために……
 そんな、私の後姿を見送りながら、伯父は誰にも聞えない位の声で呟く。

「……まぁ、伝える必要はないと思うけどな」




後編へ 

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