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序章 受難の始まり

 長く名誉ある、女の子ならば誰もが憧れ、空に浮かぶ孤島に存在する、由緒あるアスガルド女学院。剣技や魔法、科学技術などありとあらゆる技術を学べ、この世界に存在した、英雄と呼ぶべき者達を多く輩出してきた、まさに名門中の名門校。幼稚舎から大学まであり、寮も存在する。

男子禁制の乙女の園。

 その校舎の目の前に立ち尽くす、身長は、百六五センチ位だろうか、真っ白の軍服を模した制服と、対になる白のズボンを履いた少年?いや、ここに居ると言う事は、おそらく女の子なのだろう。その少女?は、青い顔をしながら校舎を睨んでいた。
誇りと気品に満ち溢れている、ここの生徒達の瞳とは違い、その少女の瞳は、困惑と絶望に襲われているようだった。


        ――四日前――


 退屈な親戚会議が終わり、私が退出しようと席から立とうとした時、私の席から数メートル先に座っていた、和服姿の伯父が私に話し掛けた。

「朱音、話があるから後で私の部屋に来るように」

 年齢よりは若く見える、厳格そうで少し白髪混じりの伯父は、いつもと変わらないどこか不機嫌そうな態度で私にそう言った。それは、私の事が嫌いと言うわけではなく、元々の性格ゆえの態度と言い方なのは、私もよく分かっていたため、勘に障ったり腹が立つ事もなく、私は伯父の言葉をふたつ返事で返し、その場を後にした。

 席を退出した私は、今のところは自分の部屋と呼ぶべき仮部屋には戻らず、屋敷の中央に位置する中庭に向かった。
中庭には、手入れをしてある松や木々が立ち並び、その真ん中にはかなり大きめな池がある。無駄に金が掛っていて、和風の言葉がよく似合うその中庭に、廊下から何時でも行けるようにと常に置いてある下駄を履き、私は足を踏み入れた。周りを見渡しながらも、私は真直ぐと池へと向かう。

 池を囲うように置いてある石に腰掛け、私は軽く溜息をつく。

(疲れた……)

 私はそんな事を思いながら、池の中を覗く。池の水面に映し出される、自分の顔。短くカットされている真っ黒な髪に、色黒な肌、目つきが良いとも言えない切れ長の目。お世辞でも、女の子らしく可愛らしいとは言いづらい、精悍な顔つきをしているのがわかる。更に、親戚会議の緊張と疲れのせいもあり、いつも以上に顔が無愛想になっていることから、益々女らしさがなくなっている。

(何で私が、こんなのに出席しなきゃならないんだ……)

 呆然と水面を見続けながら、誰にもぶつけられない不満を心中で囁く。

 私の家、鬼宮家は、昔から揺るがぬ地位に居続ける貴族の一つらしい。それは、この世界の中央に位置する、人界のエリアの中での話だけれど。

 人界というのは、世界を三つのエリアに分けた中の一つである。人界の他には、天界・魔界とあり、それぞれの種族がエリアごと別れて住んでいる。人界には、主にヒューム・エルフ・ニンフ・ホビット・ウェアワイルド・セイレーン。天界には、天使(白き翼を持つ者達)。魔界には、堕天使(黒き翼を持つ者達)が住む。

 しかし、エリア内でも種族別に国が構成されており、他の種族との関わりは殆どないと言っていい。種族別と言っても、一つの種族が多い国々と言った所だろうか。だから、私も今までヒューム以外の種族を殆ど見た事がない。他の種族の国に行く事が許されていないのか、と言われれば、別にそう言うわけでもないのだが、他の国に入る為には、色々な手続きや許可書必要になり、一言で言えば面倒なのだ。その面倒な、手続きや取締りを行っているのが、力のある華族や貴族にあたる者達である。

 その中の勢力の一つが、鬼宮家なのだ。そして、私はその鬼宮家の次期当主でもある。だから、私が会議に出席しないのは許されないらしい。
何故私が、何の取り得もないただの高校生の私が、この巨大な富を持つ鬼宮家の次期当主に選ばれたかは、私の身体に色濃く流れる宗家の血が理由である。

 私の祖母の父と母は、先代当主で鬼宮家を纏め上げていた。二人とも慈愛に満ちていて、私の事もとても可愛がってくれた。その先代当主の二人が亡くなり、鬼宮家の当主の席が空席になってしまい、急な事だったため遺書も残されておらず、困り果てていたらしい。

 そんな折に、親戚の何人かから、祖母の娘、私の母の名前が挙がったそうだ。しかし、母も祖母もその事をあまり好ましく思っていなかったようだ。それは、母も祖母も普通の生活をとても愛していたからだと思う。私達家族は、鬼宮家の中ではあまり裕福な方ではなく、どちらかと言えば貧乏と言った方が良いかもしれない。それでも母は、当主となり遺産を相続するより、愛すべき今の生活を取った。
 しかし、そんな母や祖母の願いは叶う事はなく、親戚一同によって鬼宮家の当主と言う舞台に引きずり上がらせられた。そして私は、母の娘、初孫、宗家の血を継ぐ者、先代当主に最も愛された者として、次期当主のレッテルが貼られることになった。

 でもそれは、私にとっては重荷にしかならない。自分で言うのもなんだが、頭が良い訳でもなく。容姿もどちらかというと男っぽく、気品の欠片もない。唯一取り柄が有るとしたら、体力か、運動神経くらい。あとは、伯父に習った剣技と武術程度。

 だからそんな私が、この鬼宮家の次期当主なんて言われても、あまり実感がわかない。他に有力候補がいないのかと言えば、いない訳ではないのだけど、伯父が気に入っていないらしく、名前すら挙がらないようだ。

 次期当主が女でいいのか、と言う反対の言葉も出たが、伯父の強い意向と、性転換魔法の使用が合法的に認められているため、その反対の言葉は、敢え無く撃沈した。

 性転換魔法とは、言葉通りの意味で、性別を換える魔法の事だ。自由恋愛が許されている今の世界では、同性同士の恋愛も珍しくはない。しかし、レズやホモばかり増えてしまえば、子供は出来ず、少子高齢化が訪れてしまう。それを防ぐため性転換魔法が発案され、使用が認められた。
 そんな無駄な事に、金と労力を費やした奴の事を、私は多少なりとも恨む。もし性転換魔法が無ければ、私は次期当主に何かならなくて良かったかもしれないから。

 しかし、そんな事を言っても、出来てしまった物はしょうがない。
私は、もう一度溜息をつき、重い腰を上げた。そのまま踵を返し、元来た廊下へと足を運ぶ。私を呼んだ伯父のところへ行くために。

――本当は、逃げ出して自由になりたい。それでも、私にはその勇気も度胸も無い。
このまま、誰かに牽かれたレールを進むしかないのだろうか……

 

「失礼しまーす」

 私は、そんなやる気の無い声を出しながら障子を開け、中へ入る。その瞬間、畳の匂いが鼻をついた。

「遅かったな……まぁいい、早くこっちに来い」

 伯父は部屋の中央に座りながら、私の顔を見て、少しの愚痴を零し、自分の前に座らせた。

「話って何?」

 私は、伯父の目の前に胡座をかいて座り、部屋に呼んだ理由を問う。

「その前に姿勢を正せ。前から言っているが、お前は節操が無さ過ぎる」

 伯父は、私に厳しい視線を送りながら、いつもと変わらない口調で私に言った。

「癖なんだよ……」

 私はそう言いながら、胡座から正座に直し、前に座っている伯父に目で続きを促す。

「ふむ……お前にこれから話すことは、今後の鬼宮家の繁栄を大きく左右する問題だ」

 伯父は、先ほどよりも更に厳しい面持ちをしながら、私の顔を見てそう言った。

「問題……?」

 伯父のその言葉に、微かな緊張感を身体に感じながら、私は口を開いた。

「お前、進路はもう決まっているか?」

 伯父は、変わらない様子で、私にそんな事を訊ねた。鬼宮家の繁栄と、自分の進路に何か関係はあるのだろうかと疑問に思いながらも私は、「美術関係の大学に行こうと思っている」と、言った。
 昔から、絵を書くことが好きだったし、飽き易い自分が今まで好きでいたのは、剣か絵くらいしかなかった。もう、私も三年生になり、受験時期になったため、自分でもそれなりに行くところは絞っていた。剣か絵か、どちらにしようと悩んだ時期もあったが、結局私は絵を選んだ。

「そうか……」

 伯父は、私の返答を聞いて何かを考えている様子で、少し視線を逸らしたが、しばらくしてまた私の眼を見て、言葉を続けた。

「……残念だが、お前にはアスガルドに編入してもらう」

 少し罪悪感を含むように、伯父はそう言った。

「は?」

 私は、そんな伯父の言葉を聞いていたが、訳がわからずそんな言葉が口から漏れた。

「……お前には、アスガルドに編入してもらう」

 伯父は、今しがた私を混乱させた言葉を、先ほどと同じように言い放った。その顔がいつも以上に険しく、それが冗談ではなく真実だということを物語っていた。

「なっ……冗談じゃない!!何で私が、あの女の監獄みたいなところに行かなきゃならないんだよ!!絶対に嫌だ!!」

 私は一瞬、喉の奥に何かが詰まったような感覚に襲われながらも、右の掌を畳に叩き付けながら、喉に詰まった何かを吐き出すように怒鳴り散らす。

「これも鬼宮家の繁栄のためであり、お前がしなくてはならないことだ」
「どこが繁栄のためだよ!!よりにもよってあのお堅い女子高に私が……!!」

 激しく伯父を睨みながら、拒否を続ける私に伯父は、更にとんでもない事を言った。

「編入と入寮の手続きはもう済んでいる。お前の家にある荷物は、必要な物と一緒に既にあちらに送られている。後は、四日後に出発する飛行船に乗り、身一つであちらに向かえばいいだけだ」

 伯父のその言葉に、私はもう、何と答えればいいのか分からなくなった。口が中途半端に半開きになり、呆然と伯父の顔を見るその姿は、さぞ色気もへったくりもない顔だっただろう。そんな私の顔を見ながら、伯父は今の鬼宮家の現状を話し始めた。

「今までは、武術や剣技だけでも充分過ぎるほどに、他の種族や同じ地位に居る貴族や華族に通用してきた。だが今は、魔術や科学技術が発達し、それだけでは通用しなくなってきてしまった。この先、今の現状が続けば、他の種族や貴族達に潰されるのは時間の問題だ。そうなれば、代々受け継いで来た鬼宮家を途絶えさせることになる。それだけは、防がなくてはならない。だから、朱音。お前にアスガルドで、剣技意外の技術を学んできて欲しいのだ。次期当主として」

 私は、伯父のその言葉を聞きながらも私は何も答えられずにいた。半ば意識が呆然としつつも意識がある状態と言うのは、著しく思考力が低下するものなんだということを、私は初めてこんな状態になって知ったような気がした。このときの私は、答えを出すこと自体放棄していたようにも思える。

「頼む……」

 伯父は、答えを渋らせていた私にそう言いながら頭を下げた。あの厳格な伯父が、人に弱みを見せないこの人が。私は、そんな伯父の姿を見て溜息をつく。

 もう、何を言っても逃げられないと、私の低下した思考力が訴えかける。

「……分かった」

 伯父にここまでやられたら、断れるはずも無く、私は諦めたようにそう言った。伯父の命令は絶対だ。私がここで断りでもしたらきっと、祖母や母や弟に被害が行くことになるだろう。
 私のその言葉を聞くと伯父は、顔を上げ「すまない」と一言謝った。

 私と伯父の間に一瞬の沈黙が流れ、私は呆然と畳を見ていた。

「あぁ、これを持たせなくてはならないな」

 そんな沈黙を破ったのは伯父のこの一言で、ふと何かを思い出したように立ち上がると、襖の方まで歩いていき、中から竹刀袋のようなものを取り出して、私に突きつけるように渡した。
竹刀にしては重いなと思いながらそれを受け取った私は、袋の紐を解き、中身を取り出す。そこには、一振りの刀が入っていた。

「これ……」

 その刀を見ながら、私は先程までの呆然とは違う感情の呆然で呟く。

「業物だ。大事に使え」
「でも、これは伯父さんの大事なものって言ってたじゃん」
「私には最早必要ないものだ。それにこの刀の持ち主には、お前こそが相応しい」

 鞘から刀身を少し出してみると、滑らかな鋼に己の瞳が映し出されていた。

「……ありがと」
「その刀と一緒に、しっかり学んで強くなれ。そして、その刀と一緒に、嫁を連れて帰って来い」
「うん。こいつと嫁を連れて帰ってくる……って嫁って何だよ!?」
「嫁は嫁だ。アスガルドの大学は、六年間だ。こっちに帰ってくる頃には、お前は二十三なるだろ。結婚してもいい年頃だしな。と、言っても、お前は私たちが決めた相手とは絶対結婚しないだろう。だから、自分で見つけてこい」
「いや、おかしくね!?婿じゃねーの!?普通婿だよね!?」
「お前に婿が出来る可能性は、ゼロに近い。嫁の方がまだ望みはある」

 さらりと自分の存在を全否定するクソジジイが一匹、不適に笑っていた。

「……このジジイうぜぇ」
「嫁を見つけられるまで、帰ってくるなよ」

 伯父は、サラリとそう言った。

「行かねぇ!!絶対行かねぇ!!死んでも行かねぇ!!人がせっかく行く事決めてやったのに、ふざけんなあぁぁああああああ!!!」

 その日、屋敷には沈痛な叫び声が幾度となく上がったと言う。
こうして、鬼宮朱音の受難は始まった。



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