[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「ふぁ~~~~」
小鳥が囀る、晴れ晴れとした朝。優雅に学院への道を歩く登校中の生徒の中から、一際大きな欠伸が聞こえた。アスガルド女学院でこのような下品な大欠伸をする人物は、漆黒のショートヘアーの編入生である彼女一人くらいだろう。
「朝からだらしないわね。もう少し上品に出来ないの」
そして、その編入生の相方であるもう一人の美少女編入生。六道雅美の毒舌が、今日も変わらず鬼宮朱音に降り注いだ。今日は編入して数日目の登校日、相も変わらず朱音はこの学院のしきたりや雰囲気に慣れないでいる。
「しょうがないだろ。眠いんだから……」
重たい瞼を擦りながら、朱音は気だるそうに口を開いた。何日か前にリセリアに言われた事を考え過ぎていたせいか、すっかり寝不足状態になってしまったのだ。ついでに言えば、未だに慣れない寮のピンク色が際立つ自室のせいでもあるが。
「……なんか考え事?」
隣を歩く朱音の浮かない顔を覗き込みながら、雅美は少し心配そうに呟く。ここ数日の態度もそうだが、この間、図書室に迎えに着た朱音の態度が、いつもと違う事を少なからず感じていた雅美。いつも通り、迎えの時間が遅いだの何だの文句を言って困らせてやろうとしたのだが、朱音はいつもの様な反論はしてこず、上の空といった状態だった。
「何でもないよ。ただちょっと、疲れが溜まってるだけ」
自分の顔を覗き込む雅美に、朱音は苦笑いを浮かべながら、あえてリセリアの事は言わずにそう答えた。相談したいのが本当のところだが、雅美に余計な心配を掛けさせたくない気持ちのほうが強いからだろう。
しかし、朱音の心情とは別に、雅美は困ったような怒ったような複雑な表情を浮かべるが、それ以上追求してこようとはしなかった。
「あっ……」
すると、視線を先へと戻した雅美の口から言葉が漏れる。そして、登校中の生徒の中を自分たちと同じように歩いている三人組の所へ足早に駆けていくと、彼女たちに話しかけた。勿論朱音には、この三人組が誰なのか、分からないわけがなかった。夜通し彼女たちの事で頭を悩ましていたのだから。
そんな雅美の後姿を見つめながら、朱音は視線を感じてふと足を止め辺りを見回す。と、少し離れたところにいる、紫色の制服に身を包んだ女生徒が自分のほうを見ていることに気付く。それは、あの夕暮れ時の渡り廊下で会った時と何も変わらない、冷たく静かな深緑な瞳をしたリセリア=ワルキュレイゼだった。
感情の読み取れない、奥深い視線に、目を逸らす事も出来ずにただその場に立ち尽くしていた朱音だったが、彼女は直に視線を先へと移すと、何事も無かったようにその場から颯爽と校門の方へと歩いていく。
朱音は彼女の姿を目で追うものの、その姿は直に登校中の生徒たちの中へと隠れてしまった。目標を失った視線は、先程リセリアが立っていた場所へと自然に戻るものの、その場にリセリアが立っているは筈は無く、代わりにリセリアより若干背が高い艶やかな黒髪を靡かせた、リセリア同様魔法特待生の制服を身に纏った少女が立っていた。その女生徒は、先程から朱音の事を見ていたのか、視線を戻した朱音と目が合うと、やんわりとした笑顔を浮かべながらゆっくりと会釈をし、そのまま登校中の生徒の波に乗るかのように歩いていった。
「……」
「あっ君……。さっきから呼んでるのに、無視するなんていい度胸じゃない」
呆然と謎の女生徒を見送った朱音の傍らで、低く呟かれる声に、朱音は半ば抜け出ていた意識が帰還を果たす。その声にギョッとした表情をしながら、朱音は慌てて声がした方を見る。と、そこには案の定、ジド目で朱音を睨む雅美の姿があった。
「うっ……あぁ、ご機嫌よう」
引き攣りながら、何とか笑顔を作りそう言う朱音。勿論雅美の顔色は変わらない。
「何が、ご機嫌ようよ。この馬鹿!さっさとしなさいよね!」
「いででででで!!!」
朱音の右耳を力強く掴むと、そのまま前方にいるロザリィ達の方に引きずるように連れて行く雅美。あまりの痛みに、朱音は半泣きでヨタヨタと抵抗も出来ずに為すがままに連れて行かれた。
「片方の耳だけウサギちゃんになったらどうしてくれんだよ」
熱を帯びている右耳を擦りながら、朱音はぶつくさと文句を言う。学院の門を潜り、今は五人で高等部三年B組みのプレートが下げられた下駄箱にいる。
「大丈夫よ~。あっ君は死んでもそんな可愛い動物にはなれないから~」
ローファーから上履きに履き替えながら、可愛らしい笑顔を朱音に向けるものの、言っている事は全く持って可愛くない雅美。そんな雅美の顔を苦々しげに見つめながら、朱音は悔しそうに喉の奥を鳴らす。一生かかっても、雅美に口では敵わないと思う朱音であった。
「ミリア……」
すると、そのすぐ傍らで、アリアの訝しげな声が聞こえた。いつもと違ったアリアの声色に、朱音と雅美の視線は自身の下駄箱の前にいるミリアへと移るが、瑠璃色の髪が流れる後姿しか見えない。
「またなの……」
アリアの顔色が不快気に染められ、怒りの篭った口調で呟き、一緒にいるロザリィは不安そうにミリアを見つめていた。
「な、何でもないの。先に教室に行ってるね……」
しかし、ミリアはそう言うとパタパタと駆け出し、先に教室に向かってしまう。結局、朱音達からはミリアの顔色は見えなかったが、雅美にはミリアが握り締めていた紙のような物が視界に映る。
「ミリアどうしたんだろうな?トイレか?」
そんな辛気臭い空気を一人感じ取れていない朱音は、不思議そうにそう呟く。が……
「っ~~~~~、死ねぇ!!!」
「ぐぅほぁ!!!!」
その瞬間アリアの怒りの矛先が朱音に向けられたのは言うまでもなく、アリアが勢いよく振り下ろした鞄の角が見事朱音の額に突き刺さる。そんな中、アリアの攻撃により地面に倒れこんだ朱音をよそに、雅美は一人不審げに顔を歪めて何かを考え込んでいた。
その後、一階にある教室に辿り着いた朱音たちであったが、ミリアはいつもの様に自分の席に座りながら窓を通して外を眺めていた。これといって、いつもと変わったところはないが、やはり今日の朝の事が気になっているアリアは何度かミリアに問いただすものの、ミリアの返答は朝と変わらなかったらしい。休み時間中に朱音もそれとなく聞いてみたが、その返答は変わることは無かった。
午前の最終授業の最中、数学の教科書を憎らし気に見つめる朱音の机に、ノートの切れ端の様なものが飛んでくる。多分飛んできた方向からして雅美だろう、流石に手紙交換するほど仲がいい友人は残念ながらまだ他にはいない。ロザリィなんかは、授業中真剣そのものだし、アリアはまず自分に対して手紙なんて可愛らしいものはよこしてこないだろう。矢文ならあり得るかもしれないが。チラリと、隣の雅美に視線を送ると、ジェスチャーをしながら手紙を指す。どうやら見ろと言っているらしい。当たり前か……
こんなに近い距離なら投げないで手渡せよ、と心の中で不満を言いながら、授業の説明をするレイチェルに見つからないように手紙を開く朱音。
『お手紙だよ~。嬉しいでしょ!?えっと、本題に入るけど、ミリアちゃんからあっ君何にも聞いてないの?今朝の事とか……』
短く書かれた手紙(余計な事も含めてだが)には、意外にもミリアのことが書かれていた。朱音はその紙の裏に返事を書き綴り、雅美の机の上に向かって投げる。雅美は、ノートに書くのを一時中断し、朱音からの手紙を読む。
『姉のアリアが聞いても答えない事を、私が聞いても言うわけないだろ』
予想通り簡潔な手紙の内容に、雅美はその場で考え込むように難しい顔をするが、また授業に集中しなおしたようにノートの続きを書き始めた。朱音が出した手紙の返事は返って来ることはなく、数学の授業は予定通りに終了を迎え。その後、昼食を昨日と同じメンバーで食べた後、雅美に先程の手紙の事を聞いてみたものの、何でもないの一言で軽く流されてしまった。
朱音の中にモヤモヤとした感情が渦巻く中、午後の最終授業である魔法学の授業が始められていた。いつもと同様、体術と魔術で固定である四時限目と五時限目の授業は、精神的にも肉体的にもダメージが大きいのは何一つ変わらなかった。だが、今それ以上に辛い事は、いつもよりも厳しいリセリアの視線と威圧感のせいである。
「集中力が乱れすぎね。真面目にやっているの?そんなヘボで不恰好な魔方陣は見たことないわ」
この前までは、魔法陣の形成まで成功させていた朱音であったが、ここ最近、いや今日はいつもよりも一段と酷く、成功の兆しさえ見えず形成もおぼつかない。
空中に、ひょろひょろと力の無いシンボルが描かれ、更にミミズののたくった様な魔術式が組み合わさり、不細工な魔方陣が描かれる。しかし、直後には空中に霧散するように消えていく。それを幾度と繰り返すたびに、リセリアの顔から表情が消え失せて行く。
そして、もう何度目か分からない挑戦で、ようやく形の整ったシンボルが描かれたかと思うと、魔方陣にもならずに霧散した所で、彼女の中で何かがキレた。
右の手の平に、どす黒い輝きを放つ小さな魔方陣が瞬時に形成される。その黒い輝きは、冷たい氷点下の瞳にも反射して映し出されていた。
ザラザラとした地面に正座する朱音を見下しながら、コロッセウムの中央辺りで仁王立ちするリセリアは、その右手に黒い炎を出現させたまま、静かに、だが確実に怒りを帯びた口調で告げる。そんなリセリアの姿に、朱音は怯えきった様子で息を呑み、リセリアの後ろに見え隠れするどす黒い殺気の固まりを、必死で視界に捉えないように勤めるしか出来ない。冷や汗をかきながら、自分よりも二回り以上も小さい少女に説教を受ける姿は、はっきり言ってかなり情けない上に、リセリアの一つ一つの言葉が心に突き刺さった。ある意味一番辛い授業……
「遊びじゃないのよ。理由があるならはっきり言いなさい。正当な理由なら許すわ」
凄みのある言葉と共に、勢いを増す右手の炎。この間の貴方の言葉が気になってますやら、ミリアの事が気になってますとは、恐ろしくて口が裂けてもて言えない。そんな事を言ったら、数秒後に自分が生きている可能性はまずないだろうと思う朱音。
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!……」
半泣きで必死に土下座を繰り返す朱音。彼女も、生きるために必死なのだろう。
その後、変わらず魔方陣の形成と説教を授業が終わるまで繰り返し、制服に着替えHR(ホームルーム)が終わる頃には、朱音は心底疲れきったように机に突っ伏していた。生徒会の面々であるロザリィ達は会議との事で、早々と教室を後にし、クラスメートは皆寮に帰っていっても、朱音は机にへばり付いたまま動けないでいたのだった。雅美はと言うと、そんな朱音に向かって、「今日も図書室で少し調べものがあるから、元気が出たら迎えに来てね」と残して去っていった。段々騒がしさが引いていく教室と共に、ピークを超えた疲れのせいか、朱音の意識も眠りへと引きずり込まれていった。
四時十分 ―教室―
深いとも浅いとも言えない眠りから覚めた朱音は、クラスメート達が帰って時間が経った教室を、重い頭を上げて見回す。少しオレンジ色になりかけたガランとした教室が目に映った。かなりの時間が経ってしまったのかと思わせるくらい静かな空間。教室にある時計を見ると、HRが終わって約一時間は経とうとしている。普通の学校ならば、生徒達は校舎に残ってお喋りなどに花を咲かしている時間かもしれないが、名門のお嬢様学校にはそういう生徒は見られないらしい。まぁ、寮に帰ればカフェテラスやサロンなどがあるのだから、わざわざ用事もないのに学校に残る生徒はいないだろう。眠り扱けてこの時間帯まで残っていた奴が、ここに一名いるわけだが……
「ん~~~~あぁ~~~~~~」
誰もいない教室で大きく伸びをして、朱音は机の横に掛けられた自分の鞄を手に取った。本当はもう少し寝ていたいが、切りよく起きられる自信はない。明日の朝まで寝ていられる自身はあるのだが。気だるい身体を起こしながら、朱音は名残惜しそうに席を立つ。
鈍った頭を振りながら、朱音は教室を出る。廊下は教室同様、薄いオレンジ色が掛かっていて、リセリアと話したときとは違った放課後の空間を漂わせていた。硬い廊下を踏みしめ、今度は焦ることもないため、ゆっくりとした足取りで図書室に向かう。
あの時ほど遅くなっていない筈なのだが、やはり他の教室にはひとっこ一人いない。静かな空間……
しかし、そんな空間も、二階の階段に差し掛かった頃、些細な変化を現し始めた。声が聞こえたのだ……
最初は聞き取りにくかったその声は、朱音が階段を上がる度に確かなものへと変貌していく。その声は、ささやかな談話などと言った穏やかなものではなく、むしろ悪意を交えたような声色だ。それも一人ではなく、複数の。聞き取れる声、発せられる言葉はすべて毒気があるもので、朱音は微かな不安を抱いていた。
「ありがとう。編入したてだから、借りたい本が見つからなくて困ってたんだ。助かっちゃった」
「いえ、私も丁度本を借りに来ていたので構いませんよ」
図書室のドアから出てきた雅美は、続いて出てきたロザリィとアリアに礼を言う。アスガルド女学院の図書室は、本の量もさる事ながら、その規模も半端じゃなく大きい。その図書室で、編入生である雅美がお目当ての本を見つけるのはかなり困難である。そんな時、生徒会の会議を終えて偶然本を借りに来たロザリィとアリアと出くわし、本探しを手伝ってもらったのだった。
「ところでさ、雅美ちゃんそんなマニアックな本どうするの?」
雅美やロザリィと違って、手持ち無沙汰なアリアは、雅美が持つ本を指差しながら不思議そうに呟いた。大方、アリア自身本を借りに来たわけではなく、単にロザリィに付き合ってきただけなのだろう。かなりの厚みがあり、表紙は贅沢にも黒皮が使用されているそ本。教科書の一回りくらいはあるやや大きめの本には、Wanted guilds List と表紙の色とは対照的な白でタイトルが書かれていた。ページ数は軽く何千にも及ぶであろうぶ厚い本は、見るからに機密情報が記されているような雰囲気を醸し出している。
Wanted guilds List
直訳すると、指名手配ギルド。
この世界にいる数々の悪名高い組織(通称ギルド)の情報が書かれている本。しかし、学生である雅美が帯出できる程度の代物には、それほどの機密情報は殆ど書いてはいないだろう。重要な秘密事項は、いつの世も世界の権力ある一部の者達だけが握り、厳重に管理されているものだ。
「うん。ちょっと気になる事があったから、少し調べてみようかなと思って……まぁ、そんな大した事じゃないんだけどね」
雅美は抱えた本を見つめながら言うと、二人のほうへ視線を移し少し恥ずかしそうに笑う。
「勉学に励む事はとてもいい事です。誰かさんも少し見習わなくちゃね」
「わっ私だって、ちゃんと励んでるわよ」
にこやかに笑うロザリィは、雅美に対してそう言うと、意地悪そうにアリアに視線を移しながらそう付け足す。そんなロザリィの顔を直視出来ないアリアは、焦りを隠しきれない様子でぶっきら棒にそう言い返す。
「……ねぇ、二人とも、聞きたいことがあるの。私が聞いていいことじゃないかもしれないけど……」
そんな二人の掛け合いを微笑ましく見ていた雅美は、不意に曇ったような顔つきに変わる。そして二人に言葉を投げかける頃には、真剣ながらも、少し遠慮がちな表情で重たい口を開いていた。今日一日気になっていた事、この二人に聞かなければ分からないことを。
「どうしたのよ雅美ちゃん、そんな改まっちゃって」
先程と違う雅美の面持ち気付かない二人ではない。しかし、アリアはいつもと変わらない口調でそう言った。その明るいアリアの顔つきを、雅美は今から自分が発する言葉で壊すことになるのを十分に分かっていた。
「編入してからまだ数日しか経っていないけど、ずっと気になっていた事がるの……ミリアちゃんの事で」
真っ直ぐな瞳で二人を見つめながら、躊躇いを振りほどくように雅美は力強く尋ねる。その瞬間雅美の予想通り、アリアは不快気に眉を顰めたものの、それを隠すようにまた活発な笑顔を作る。そんなアリアの傍らに立つロザリィは、少なからず困惑はあるが雅美の真剣な表情に、何かを感じ取ったのか事の成り行きを見守っていた。
「ミリアがどうかしたの?」
「この数日間、ミリアちゃんが私達以外と話している所を、あまり見かけた事が無かった。後、授業が終わって帰る時も、何かから逃げるみたいに一人で帰っていたから」
「えーと、あの子は人見知りが激しいから」
明るい表情を作ったまま雅美にそう言うアリアだが、雅美にはこれ以上自分達の問題に立ち入るなと言っていることがよく分かった。
確かに、編入したての朱音や雅美に話したがらないのは頷ける。信用しきれない相手に、話をするほど愚かな事はない。雅美にだってそれくらい理解できている。しかし、雅美とて中途半端な気持ちで、アリア達にこの事を聞いたわけではない。引き金は今日の、ミリアが必至に隠すように握り締めていた紙切れだった。あの時のミリアの悲しげな後姿が、雅美の心を動かした。
真剣な表情を崩さず、アリアを見つめる雅美。全て見透かされている気さえしてくると、アリアは感じていた。
(話をそらしてくれそうにない……みたいね。だったら……)
雅美の顔色からそう判断したのか。アリアから笑顔が消え、不機嫌そうに顔を歪めていた。その表情からは、少なからず怒りの色が見え隠れしている。
「もしミリアに何かあったとしたら……貴方に関係があるわけ?編入したてで何も知らないのに?」
「アリア……」
冷たい言葉。しかしそれ以上に、怒りの篭った口調。傍らにいるロザリィの宥める言葉も、今のアリアには耳に入っていない。しかし、それは妹を思うからこそ流れ出る言葉と激しい感情なのだろう。
「確かに、私は編入したてで何も分からないわ。貴方が怒る気持ちも分かる。誰だって、会って数日しか経っていない相手に何か話したくなんか無いわよね」
「だったら……!!」
「でも……、私だって面白半分で首を突っ込んでるわけじゃないわ」
怒りを露にしながら憤慨するアリアの言葉を遮る様に、雅美は静かな、しかしはっきりとした口調でそう告げた。
「今日の朝、ミリアちゃんが隠すように小さな紙を握り締めていたの」
どこか悲しげに目を細め、視線を床に伏せながら雅美は淡々とした口調でそう言った。その言葉に、アリアは一瞬驚きと寂しさが入り混じったような表情をするが、その顔色には先程以上の怒りの色が浮かぶ。そのアリアの態度からして、その紙がいいものである筈は無かった。ロザリィは、どこかそれを予想していたかのような確信的な表情と共に、不安げにアリアを見つめていた。
「……やっぱり」
低くどこまでも小さく呟いたその声と共に、アリアは拳を握り締める。行き場のない怒りは、アリアの白く柔らかい手に食い込んでいく。
「ほっとけなかったの……ミリアちゃんの後姿が、昔の自分に似ていたから」
視線を落としまま、雅美は自嘲気味に小さく笑い懐かしそうに呟く。その言葉に、アリアは勿論ロザリィも、小さく声を漏らしながら雅美のことを見つめた。
「昔、って言うほど昔じゃないけど、高校一年のときかな。今日のミリアちゃんと似たようなことをされた事があるの。まぁ、その時の私がかなり調子に乗ってたって事が原因だと思うけど。周りから褒められて、勝手に舞い上がって、結果そう言う事をされた」
そう言いながら、自分を卑下するように笑う雅美の姿。その姿は、さっぱりとした話し方のせいか、寂しさはあるものの怒りと言った感情は微塵も感じられなかった。雅美の淡々とその言葉に、驚きを隠せない二人。日々の彼女の姿を見ていて、まさかそんな経験があるとは思ってもいなかったのだろう。
「正直かなりショックだったわ。周りの友達には強がっていたけど、家に帰ったら大泣きもいいところ。いつもみたいに、何かの誘いかと思って開けた手紙に、まさか自分の中傷が書かれているなんて思いもしなかったから。だから、ミリアちゃんの気持ち、少しは分かるつもり。……って言っても、私の場合は自分自身の行いが悪かったのが原因一つだけど、ミリアちゃんはそういう子じゃないから、きっと何か理不尽な理由じゃないかなって思ったの」
乾いた笑いを漏らしながら、二人に問いかけるように言う雅美。
「だから、少しでも助けになってあげたいなと思って、この話しを二人に切り出したの。アリアちゃんやロザリィ程力にはなれないと思うけど。ミリアちゃんは優しいから、周りの人に気を使いすぎちゃうから。この学院に来て、始めて出来た友達だから余計なお節介をしようと思ったの」
いつもよりずっと優しげな顔と口調で言う雅美に対して、アリアは罰が悪そうに雅美から視線を離す。ロザリィは、真っ直ぐに自分達を見つめる視線を決して離さず、ただ黙ってアリアの傍らでアリアを支えるように立っている。
「……ごめん。少しだけ、言い過ぎた」
先程の言葉に、少なからず罪悪感を感じたのか、素直にとはいえ無いがアリアから珍しく謝罪の言葉が出る。ロザリィはそんなアリアの顔を意外そうに、しかし優しそうに笑いながら見守った。今のアリアの姿を朱音が見ていたら、怖気が走ることは確実だろう。それ程今のアリアは、いつもの気丈さと言うものが欠けていた。ミリアの今朝の事を隠していた事実と、雅美の話で相当堪えているのだろう。
「……話すわ。……ミリアの事」
そして……、不機嫌そうに、いや、どこか悲しそうに、アリアは語り始める。
実の妹である、ミリアの事を……