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有沢琴美、十八歳。私と呼べる存在を構成してきたこの十八年という月日の中で、これ程までに怒りを覚えたことがあっただろうか。

 

 

足早にカフェテリアに向かいながら、琴美はインテリ眼鏡の奥にある顔を恨めしそうに歪めていた。

「くっ、忌々しい。あの編入生鬼宮朱音のせいで、会長が……」

 ギリリと歯を食い縛りながら、昨日の会議時の光景が鮮明に浮かび上がる。

(あの時クロエがあんな事を言わなければ、流れはこっちに向いていたのに……)

 思い出しただけでもはらわたが煮えくり返る。ろくに出席しない幽霊役員のクロエを引っ張り出したことが、事態をマイナス方向に向けてしまうとは思いもよらなかったからだろう。

(何としても、早期のうちに手を打たなければ……)

 いつまでも、過ぎてしまったことを悔やんでいても仕方がない事を、琴美は重々承知しているし、それでいて琴美は馬鹿でもない。行動を起こすことこそが、成功を収める鍵となる事を、琴美はよく理解していた。

(昨日会議後に集めた、反対派の役員と昼食を取る約束をしたことだし……。早速今後の方針を決める必要があるわね……)

 そんな策謀を練る琴美の耳に、いつもより熱気が篭ったカフェテリアのざわめきが聞こえてくる。考え込む癖がある琴美は、今更ながらカフェテリアに着いたことを実感する。それは毎度毎度の事なのだが、集中力がありすぎて周りに注意が向かないことが彼女の欠点にして長所なのだ。

「何かしら?随分と、騒がしいみたいだけど……」

 カフェテリアの入り口で立ち止まりながら、琴美は状況を把握仕切れないでいる。すると、カフェテリア内に居た女生徒が、そんな彼女に気付いたのか、慌てた様子でこちらに向かって走ってくる。それは、琴美と昼食の約束を交わした反対派の役員だった。

「たっ、大変よ琴美!! 会長が……!!」

 何事かと思いきや、女生徒は琴美の傍まで駆けてくると、開口一番、彼女が最も気にかけている人物の事を話す。

「何!? 会長がどうしたの!?」

 女生徒の慌てようといい、只ならぬ予感がしたのか、琴美の顔色が見る見るうちに険しくなる。

「きっ、きっ、きっ……」
「き?何?きがどうかしたの!?」
「鬼宮朱音と昼食を御一緒してる……」

「なっ、なっ……何ですってー!!」

 頭を鈍器で殴られた時のような衝撃が、琴美を襲う。会長が、あの鬼宮朱音と食事をしている……ですって?それが、聞き間違えならばどれだけ嬉しいことか。
 衝撃の事実に、声を張り上げた琴美を、近くに居た数名の生徒が目を丸くして見ていたが、今はそんな事を気にしている余裕は琴美にはない。

(くっ、落ち着くのよ、有沢琴美……。冷静に……冷静に……。まずは、状況を確かめなければ……)

「コホン……。とりあえず、一旦席に着きましょう」

 理性を総動員させて冷静さを作る琴美であったが、やはり内心ではかなり焦っている。重たく感じる足を無理やりにでも動かしながら、琴美は真っ直ぐ同胞が待つテーブルへと向かっていく。その間、朱音とロザリィが座るテーブルが視界に映った。

(お゛~の゛~れ゛~、鬼宮朱音~)

 鋭く朱音を睨みつける琴美からは、傍から見ても分かるほどの負の念が感じられる。

 

「!!!」(何だ、今寒気が……)

 ゾクリと背筋に悪寒が走る朱音。言いようのない気配を感じて、忙しなく辺りを見渡すが、鈍い朱音が琴美に気付くはずもなかった。

(ん~、何か見られてたような……まっ、いっか)

 朱音やロザリィから程よく離れたテーブルに腰掛けながら、琴美は今の状況の確認を取る。そして、自分が居なかった間の、事の経緯を知ることになった。

 

(会長~。何故そんな奴を昼食になど誘うのですか~。私ならいつでも空いているというのに~)

 確認を取っている間に頼んだサンドイッチを頬張りながら、沸々と怒りが込み上げてくるのを押さえきれない琴美。

 

 琴美が自分に対して憤慨していることなんて露知らず。朱音は注文したオムライスを食べながら、先程のウェイトレスへの疑問を皆にぶつけていた。

「何でみんな平然としてんだよ。ウェイトレスだぞ、ウェイトレス」
「だから、そのウェイトレスが何なのよ」

 朱音の言いたい事の意味が分からないのか、アリアは今にも手に持ったサンドイッチを投げつけそうな勢いで、怒り気味にそう言い放つ。

「あ゛―!!だから何で学校にウェイトレスがいんだよ!!」

 朱音のその言葉に、益々訳の分からないと言ったような顔つきをするアリア達は、またお互いの顔を見合わせる。

「あのさー、あんた馬鹿?」
「何でそーなる!!」

 アリアは心底呆れたようにそう言うと、これ見よがしに大きな溜息をついた。

「……もしかして、あっ君の学校って、ウェイトレス居なかったの?」

 そんなアリアと朱音言い争いが始まる寸前、半ば信じられないと言った様子で雅美は口を開く。

「当たり前だろーが!!」

 その朱音の言葉に、雅美は勿論のことアリア達も固まる。

「なっ、何だよ……」

 そんな彼女たちの反応に、少なからずだが不安を感じた朱音は、上擦ったような声が出てしまう。

「あんたじゃあ、どうやってご飯食べてたわけ!? ゴミ箱漁ってたの!?」

 アリアは、未だに信じられないと言った様子でそうまくし立てるが、かなり失礼な発言である。

「んなわけあるか!! 普通に購買でパン買ったり、食券買って飯食ってたよ!! 人を乞食扱いすんな!!」
「食券~?……何よそれ?」
「は?……いや、食券は食券だろ」
「だから、何よそれ?みんな分かる?」

 アリアのその質問に、首を横に振るミリアにロザリィ、そして雅美。

「うっ、嘘だろ……」

 そんな彼女達の姿を、朱音は顔を引き攣らせながら信じられないと言った様子で凝視する。先程の立場が一気に逆転したかのような光景だ。

「あんたのリアクション、いちいち癇に障るわね」
「いや、だってさー……」

 お嬢様と一般市民の差を、朱音が実感した瞬間だった。冷静に考えれば、こんなスーパーお嬢様学校で、自分の学校にあった様なみすぼらしい食券販売機が、この華やかなカフェテラスに設置してあったら、確かに異様な感じがする。安い、不味い、大量、の三拍子が揃った学食が、何となく懐かしい。

「朱音さん、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?その食券、と言うのはいったい何なのですか?」

 その話題に関心を持ったのか、ロザリィは興味津々といった感じで朱音に尋ねる。そんなロザリィの姿を、横目で見ていたアリアは、またいつもの癖が出たのだと思う。ロザリィは、誰もが認めるやり手の生徒会長であり、職員たちや生徒たちからの信頼も厚いものの、一度興味を引かれる物と遭遇すると、とことん追求しようとする欲深さも合わせ持っている。

「あー、食券って言うのは、曜日毎で決まってるメニューの中から、自分が食べたいものを選択して、そのボタンを押すと機械からメニューが書かれた紙が出てくるんだよ」
「で、その紙をどうするのよ?食べるの?」
「ねっ、姉さん……朱音さんはヤギじゃないんだから」

 弱気だが、一応朱音を庇おうとするミリア。何故双子なのにここまで性格が違うのかと、疑問に思えてならない朱音であった。

「食べるわけねーだろ。その食券を持って、カウンターの所に居る厨房のおばちゃんにそれを渡すと、その食券に書かれたメニュー通りの学食を作ってくれるんだ。そんで、出来上がった料理をお盆に載せて、好きな席で飯を食う」
「食べるでしょ」
「好きな席で飯を食べる」

 朱音の言葉を、横からさり気なく叱る雅美。そしてさり気なく直す朱音。

「安いし量は多いし、利用する人は多かったよ。味には期待しないほうがいいけど」
「まぁ、簡単に言えば、作る以外は自分でやれって事でしょ」
「……まぁ、そういう事だな」

 細かく説明した朱音であったが、結局はアリアのその一言で説明が付いてしまったのが何となく気に入らないものの、口では決して適わないことを悟っているのか、それ以上は何も言わなかった。

「それに、私が通ってた学校は、こんな風に落ちついて飯なんか食えな……食べられなかったよ」

 周りを見渡しながら、そう口にする朱音は何かを思い出したかのように、小さな苦笑いを浮かべる。

「席を取るのも早い者勝ちだったから。購買なんて行った日には、少し気を抜いただけで人の波に飲み込まれて大変だったよ。妙にみんな殺気立ってるしさ。人だかりに飲み込まれたって言うか引きずり込まれたって言ったほうがいいかな。その後は見るに無残な姿で教室に戻ったこともあったし」

 懐かしそうにそう言う朱音のほうを見ながらアリアは、コイツは今までよく生きていたなと変なところで少し感心する。 

「ふふっ、そんな楽しそうなところがあるのなら、私も一度見てみたいですわ」
「楽しそう……でしょうか?」

 笑い話では済まされないところで笑うロザリィに、小さく疑問を口にするミリア。

「あっ君、昔から身体だけは頑丈よね。小さかった時も、自転車を避けたはいいけど車に轢かれちゃったりとか、お尻に日本刀刺さったりとかしたよねー」 
「あぁ、どこぞの誰かさんが面白半分に伯父さんの日本刀を振り回して、私の尻に刺したんだよな」

 思いっきり雅美を睨み付けながらそういう朱音だったが、雅美はそ知らぬ風に涼しげに笑っている。このどこぞの誰かさんと言うのは、まず間違いなく雅美に違いないと言う事は、説明する必要もなくテーブル越しのロザリィ達に伝わった。

 

 


 ロザリィ達が、そんな朱音の尻の話題で盛り上がっている頃、あるテーブルでは憎悪の渦が犇いていた。

(ロザリィ様……、何故そんな野蛮で貧相な輩などに微笑みかけるのですか~!!)

 サンドイッチに付いてきたコーンスープを堪能していた琴美だったが、普段あまり笑わないロザリィの笑顔を目の当たりにしてしまい、怒りのバロメーターが一気に振り切れたのは言うまでもなかった。
 琴美の右手に握られていたスプーンが、在りえない方向へとグニャリと曲がった瞬間、周りにいた仲間は一斉に顔を引き攣らせながら椅子ごと後ずさったことも、言うまでもなかった。

(はっ!!私とした事が、こんな風に取り乱してしまうとは……。いけないわ、まずは落ち着かないと……) 

 周りにいる仲間の様子に気付いたのか、琴美は小さく咳払いを一つして、水が入ったコップを手に取り口へと運ぶ。

 

「ん~、このオムライスうまいな~。毎日これでもいいな~」

 学食とは思えない程の上品さと美味しさを兼ね合わせたオムライスに舌なめずりをしながら、朱音は顔を綻ばせる。いつもの無愛想な顔からは想像も出来ないほど無邪気に笑っている朱音の姿に、呆れるアリア。そして、意外そうにそれを見つめるミリア。ロザリィと雅美は、何を思ったのかクスリと笑っていた。

「相変わらず単純ね」

 幸せそうに笑う朱音の顔を見ながら、こういう所は昔から何も変わらないなと感じる雅美。

「ふふっ、そんなに急がなくても、オムライスは逃げて行ったりしませんよ」

 手に持っていたナプキンを畳みそう言い終ると、そっと朱音の頬を拭うロザリィ。どうやら、上品に食べるということを知らない朱音の頬に、オムライスのケチャップが付いていたらしい。何の躊躇いもなく、自分の頬を拭ったロザリィの行動に赤面する朱音。ケチャップが付いたことも気付かずに、そのままガツガツオムライスを食べていたのだから、流石に恥ずかしい。

「うっわ~、あっ君ガキー。子供じゃないんだから、もう少し落ち着いて食べなさいよねー」
「あ、あはは……」

 朱音の顔をジド目で睨みながら、そう言う雅美。その言葉に、何も言い返せない朱音は、乾いた笑い声を漏らすことで精一杯だった。その光景を、見て絶句していた琴美にも気付かずに……

 

 


 バリン!!

 琴美の持っていたコップが、琴美の手の内で粉砕される。

「フフッ、フフフ……」

 頭のネジが焼き切れてしまったのか、琴美は半笑いを浮かべるが、目は決して笑っていない。その異常さは、周りにいる者たちにも感じられるほどの気迫と殺気が感じられる。

「こっ、琴美?あの……」

 琴美のすぐ傍に座っていた少女が、恐る恐る豹変した琴美に話しかける。

「……りますわ」
「え?」

「燃やしてやりますわ~!! 骨の髄まで!! いえ、塵も残さずに~!!」

 彼女が琴美の言葉が聞き取れず、言葉を漏らした瞬間。琴美が終にキレた。今にも飛び掛らんとする勢いで席を立つ琴美を、決死の覚悟で止めに入る仲間たち。

「琴美!! 駄目よ!! 殺人だけは駄目~!!」
「ええい、お放しなさい!! 殺人ではありません!! これは駆除ですわ~!!」


 ドッタン!! バッタン!! ガシャン!!

「何かあったのかしら?」
「ほっときなさいよ、ロザリィ。どーせ、大した事じゃないわよ」
「姉さん、それ適当過ぎるんじゃ……」
「誰か食いすぎて、倒れたんじゃねーの」
「そんな事で倒れるのって、この学院探してもあっ君だけだと思うよ」
 
琴美が暴れていることを知らない朱音達は、他人事のようにそう呟きながら。また、雑談を再開するのであった。



                       中編Ⅱへ

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誕生日:
1986/10/31
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趣味:
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